なおやんの 手記手記 しゅっき〜

なおやんの 手記手記 しゅっき~

痛みに耐えて よく頑張った

ブログタイトル

憧れのヨーロッパ

 

”憧れのヨーロッパ”

 

そう、バカボン鈴木のファーストアルバム「MY COMPLICATED MIND」のファーストトラックのタイトルである

 

当時高校生だった自分はなけなしの3,000円でバカボン鈴木のアルバムを購入し、当時の彼女を誘ってライブハウスへ行ったのだった

 

人生で初めて恋人と行くコンサートがバカボン鈴木なの、あまりにも渋い

どういうセンスをしているのか

 

バカボン鈴木、髪型といい服の色といい、遠目で見たらチベットの僧侶にしか見えない

 

チベットの僧侶

 

彼女はライブ中ずっと眠っていたが、バカボン鈴木を本当にダライ・ラマかなにかだと勘違いして祈りを捧げていたのかもしれない

 

破局した際、彼女の家にあったバカボン鈴木の「MY COMPLICATED MIND」だけ返してくれと懇願したが「そんなものはない」の一辺倒ではねのけられてしまった

当然彼女を失った悲しみでずっと塞ぎ込んでいたが、実はそれの何割がバカボンロスであったのか、今となってはわからない

とにかく自分はすがるべきラマを失い、タテとヨコで構成された区画しかない京都の街においてただ一人迷子になってしまったのであった

 

 

そんな憧れのヨーロッパに行くことにした

これは自分の人生において割と大きな決断であるように思う

国内旅行ばかり行き、海外には台湾しか行かなかった人生であった自分

「普段から旅行しない人が海外にも行かない」のはわかるが、「旅行狂であるのに海外に行かない」というのは、なにかそこに大きな壁があったように思われる

 

このような大きな決断に至るには様々な背景があった

大きな事故には無数の小規模なインシデントがあるように

 

ひとつは去年下北半島津軽半島に行ったことであった

 

 

日本三大霊場のひとつ、恐山へ
レンタカーのまま三途の川を渡ると、明らかに空気感が変わったのを感じる
宿坊に泊まれたので誰もいない恐山を夜に歩くという体験をしたけれども、カラカラと回る風車の音や自分の背丈の倍くらいある巨大な卒塔婆の影、また人生でも指折りに美しかった夜空の星までもが様々なものを連想させ、畏敬と単純な恐怖感を抱くような、そんな忘れがたい夜だった

(自分のInstagramより引用)

 

 
 
 
 
 
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恐山や下風呂温泉、龍飛岬などを訪れ、自分の中ではもう国内旅行に一区切りをつけてもよいと思えてしまった

それくらい、下北と津軽は最後まで残してあったとっておきの場所であった

もちろんまだまだ行きたい場所は無数にあるけれども、一旦落ち着いてもよいかなと思える境地に至ったわけである

 

これが第一の理由

 

そしてその2ヶ月後、仕事で海外へ行くことになった

これは公共交通の視察団のようなもので、同業のコンサルや鉄道機器のメーカーなど色んな人間が集まって海外へ研修に行くものであり、例年ヨーロッパに行くのが恒例であった

なぜヨーロッパかというと、鉄道システム、特に路面電車を中心としたまちづくりが進んでおり、日本もヨーロッパの交通まちづくりを見習うべきであるというのはこの業界ではよく唱えられていたからというのがある

各社から1人〜2人程度が選ばれ、その視察団に組み込まれるのであるが、自分もいつかヨーロッパに会社の金で行きてえなというのを漠然と感じていた

そんな自分に信じがたいオファーがきた

 

「視察団に参加しない?」

 

そんなに早く参加できるとは思っていなかった まだ入社4年目とかなので

身を乗り出した自分に更に信じられない言葉が飛んでくる

 

「行き先は台湾 円安なので」

 

慌てて逃げた

慌てて逃げたけれども会社に対する僅かな隷属精神が「行きたくないですけど誰も手を挙げなければ最悪行きます」という半端な回答を生み出してしまった

そして見事に選出されたのである 最悪だ

 

もちろん台湾という国が嫌いではなく、むしろめちゃくちゃ好きなのだが、無料でヨーロッパに行けると聞いて蓋を開ければ台湾というのはやっぱり落ち込んでしまう

 

この体験の反動によってヨーロッパに引き付けられた気がする

また、この海外出張の手当でヨーロッパへの航空券くらいは賄える金額が手に入ったので、もはや自分で行けばいいじゃないという思考にもなった

 

この台湾視察が第二の理由

 

そして最後、これが一番大きな気がするが、友人と中国旅行を計画したことである

まだ具体的に内容は詰められていないが、上海→南京→北京とを巡るツアーで、最後は天安門広場にてイヤホンで「パリは燃えているか」を聴きながら号泣する計画であった

このときに実際に飛行機の料金を調べてみようと使ったのがグーグルフライトであった

グーグルにそんな機能があるのを知らなかったが、グーグルフライト、これを一回使うともう人生終わりである

もう使う前の世界には戻れない気がする

 

例えば行きたい場所が確実に決まっているのであれば、その空港までのチケットのうち「どの日程が安いか」などを調べればよいのであるが、このグーグルフライトは決まった日程のうち「どの行き先が安いか」を調べるものである

 

行き先と料金が一覧で出る

 

ヨーロッパについて何もわからない自分にとって、とりあえずヨーロッパのどこかに飛ばしてくれるグーグルフライトは非常にありがたく、結果的にハンガリーまでのチケットを勢いで取るに至った

 

なにか物事を始めるにあたり、このように「一歩手前」まで行くことは大事だなと改めて思った

航空券で例えると、「そのボタンを押せば10万円を失い航空券を手に入れる」という状態になると頭の中で色々な思考が巡りだす

ボタンを押すのに躊躇している自分は何にビビっているのか

 

お金なのか 長期休暇なのか 英語力なのか 知識(世界史や絵画史など)なのか 海外旅行経験なのか

それらか解決可能なのか はたまた解決しなくともどうにかなるのか

 

たとえば上で挙げた5つのうち、お金と休みはどう頑張ってもネックとなるが、後ろの3つはなくともどうにかなる

また、今はなくとも旅行当日までに解消できることもある

今回の旅行ではブダペスト→ウィーン→プラハを周るが、今がんばってモーツァルトの曲を聴き、カフカの本や”プラハの春”を読み、クリムトやマルコー・カーロイなどの画家について調べている

日本史専攻だったので世界史も勉強しなければ、、、とも最近すごく思えてきた

情報を集め始めると色々と入って来るもので、昨日も飲み屋でプラハの絶品黒ビールを教えてもらった(スマホごと写真を撮らせてもらった)

いつもお世話になっている店なのでお礼に買って帰ろうと思う

 


何事も一歩手前まで行くと、その先に踏み込めない要因が明らかになり、じゃあどうしよう(orとりあえず飛び込もう)という前向きな思考になるので、やるかどうか迷っているものごとはとりあえず安全な位置から覗きに行ってみるのがいいんじゃないかと思う

 

”安全なところから覗く”のイメージ
山上ヶ岳コース | 修験道体験 奈良県 天川村 大峯山

 

・国内旅行に区切り

・台湾視察の無念

・グーグルフライトにより海外航空券取得の選択肢と現実味が増した

 

大きくこの3点により、ヨーロッパへいざなわれることとなった

 

さあ 坂本直哉 28歳 真夏の大冒険である(このフレーズ好きすぎて冬至だろうと使う)

そして旅先で誕生日を迎えて29歳になってしまう

アラサーの焦りも自分をヨーロッパへ掻き立てたのかもしれない

 

ちなみに旅先で誕生日を迎えるなんて素敵なことのように思うけれども、なにも考えず飛行機を取ったので誕生日は乗り継ぎの上海で迎えることになる

第二次文化大革命に巻き込まれ享年29は避けたい

生き抜いて帰ってこようと思う

 

画層

「坂本くんって趣味なさそうやな」

会社の30歳くらい上の人に言われてびっくりしてしまった

わりかし自分のプライベートは職場でオープンにしているつもりだったけど、それでも無趣味な人間だと思われていたようであった

 

「◯◯さん、CAD使うでしょ?」

 

瞬間的に頭に浮かんだ例えによって、スラスラと口が動く

 

「CADの画層のようにね 僕という人間もいろんなレイヤーで構成されてるんですよ」

 

すごく納得した顔をされていた

自分でもよい例えだと思った

 

CADの画層ってこんなん

 

この間、東京で会社の若手と飲んでいると、昔うちの職場にいたという今は他社にいる人間が途中から合流してきた(自分は初対面)

6時間ほど飲み続け、最後にゲイバーへ向かう

そこでその他社の人間が自分たちへ向かって「俺はいろんな会社の人間と知り合いになりたい お前らは同じ会社だからお前らの中の1人だけと知り合えればいい」と言い放つ

 

こいつどれだけ浅い人間なんだとびっくりしてしまった

これもひとつの画層のみで他人を判断しているということであり(最初の職場のおじさんに全く悪意はなかったけど)、人間ときちんと向き合って欲しくなる

自分自身が厚みのないレイヤーで構成されているからこういった発想になるのだろうか

 

モヤモヤした気持ちでいると目の前のKABAちゃんみたいなゲイが話しかけてくる

「お兄さんどこから来たの〜」

「奈良の吉野」

「知ってる!吉野ヶ里遺跡でしょ〜」

 

自分はゲイバーが嫌いかもしれない

KABAちゃんは吉野と吉野ヶ里遺跡を混同することがどれだけのタブーかわかっていない

奈良と佐賀は邪馬台国起源説を共に提唱する敵同士であるのだ

浅い 浅すぎる 有明海のよう

 

その後気を取り直して、隣の若手と「将来は白馬で一緒にペンション経営でもしようか」なんて妄想話を話し合っていると

「やめときな〜 もう外国人に土地買い占められてるよ インバウンド対応も大変だよ やっていける?」とKABAちゃんが急に話に割って入って詰めてくる

 

なぜゲイバーが苦手かこのときやっとわかった

ゲイは「解決」しに来るのである

本気で白馬にペンションを建てるわけないし、こちとら妄想の世界で遊んでいただけである

浅い戯れの中で急にがっぷり四つでぶつかって来られても自分は困惑してしまうだけであった

 

そもそもゲイバーにおいて自分のような態度が間違いなのは百も承知であるが、改めて「みんな本当に解決されに来てるの?」と不思議な気持ちになった

 

 

自分はよくひとりで近所のバーへ行くが、バーではおなじみのマスターと話すとともに、その場にいる他のお客さんとも話すことになる

客の組み合わせも話題の組み合わせも、もちろん行ってみないと予測不能であり、そのような世界にいると自分の中の普段使わないような画層が現れたり、いろんな画層が重なり合ってよくわからない状態になったりする

 

要は、客同士の関係性そのものは浅いものの、そこで構成される世界観と対峙することで、自分の深いところに潜り込んでいくことができるのである

 

例えばこの前隣に座った女性が語った「この間、共産主義者の男の家に泊まりにいったとき、男が飲み物のことをずっと”ドリンク”と呼称していたのを少しイジると『言葉狩りから福田村事件は始まった』という話を延々とされたので恐怖のあまり夜中に逃げ出して最寄りの身延線の駅まで2時間歩いた」という話

こういったとんでもない話を通常状態の自分が受け止められるわけがない

この暴力的な巨大な球を受け止めるためには、普段使わない画層のスイッチを稼働させ、自分を瞬間的に強化しなければいけない

話そのものを聞く行為ももちろん面白いが、それを受け止める自分の「揺らぎ」も同じく興味深い

この揺らぎを感じるために自分はバーに通っているのだと思う 

なので、ある程度着地点が自分の中で予測できてしまう、ゲイバーの「解決」を終点に置く会話は、あまり面白くないと自分は感じてしまうのかな

 

この前も自分の右横に見た目60歳くらいのおっちゃんが座り、「おっ このカウンターは年齢順に並んでるね」と

そのとき確かにカウンター席は左からだんだんと若返っていき、一番右の自分が一番若いような構成になっていた

しかし自分の右に座っているおっちゃんはどう見ても自分より年上である その論理は通らないではないかと思い「どういうことですか?」と聞くと

うるう年生まれだから、まだ俺は10代なんだよ」と

 

このとき数年ぶりに「うるう年が誕生日のため4年に1度しか年をとらないと言い張る人に対処する画層」のスイッチが入った

小学校のとき近所に住んでいたうるう年生まれの堀川くんがずっとこれを言っていてめちゃくちゃ面倒だったので、自分の中に確固とした画層として成立してしまったのである

もう一生使わない可能性があると思っていたので心底驚いた

まだこんなことを言う人間、しかもおっさんが生きていたのかと

 

そのおっさんは「結局セックスをして愛が深まるか遠のくか だよね」との言葉を残して帰っていった

この言葉は受け止める必要もなかったので特に揺らがなかった

 

 

会社でも、あの人のあの画層は自分しか知らない というのがある

ボーナス入ったらどうする?という会話を同世代の若手と話したとき

「全身脱毛行きます!でも下まで剃っちゃうのもアレですよね・・・男らしくないというか・・・いやでもせっかくなんで全部いっちゃいますけどね」

との言葉を聞いて、自分の中に電流が走った

 

男としてこうありたい

しかしそれに背いて陰毛を除去する行為

 

背反的パイパンだ・・・

 

以降、彼を見るとき、透過率95%くらいのうっすらとした「背反的パイパン」画層が自分だけには見えるのである

その画層はおそらく会社の全社員の中で一番面白いのであるが、それは自分しか知らない

 

 

そんな風に、周りの人間というのは無数の画層で構成され、それらが発現したり消えたり、透過して漂っていたり、カオスな世界が1秒毎に形成されているのである

 

世の中には、他人を褒めるときに「ハイスペック」だなんていう言葉を用いる人間がいるが、他人を定量的に判断し、その数値が高ければ良い評価を下すなんていうのはあまりにも面白くない発想ではないかと思う

 

自分の恋人に「ハイスペック」だなんて評価されたら喜ぶのではなく絶望したほうがよい

なぜなら定量的指標によって判断されると、あなたは全ての項目においてロボコップに完敗するからである

 

ロボコップ3 : 作品情報 - 映画.com

 

 

ロボコップと対峙せぬよう、明日からも我々はゆらりゆらりと混沌の世界に生きるしかないのである

 

おやきと人間社会

ショートコント「シンデレラ」

 

 

 

この靴を履いてみてください

 

 

 

あぶぶぶぶ

 

 

 

不思議と嫌じゃない

 

 

 

タカダコーポレーション

 

 

 

 

人にはなぜ白目があるのだろうか

その答えのひとつを示してくれたのが以下の本であった

中身がぎっしり詰まってて表紙もかわいいのでジャケ買い兼ねて新品購入したかったのだが、4,000円もするので結局図書館で借りることにした

 

 

この本を買うに至るにはひとつの問いがあった

その問いが浮かんだのは、銅鐸を専門とする考古学に詳しい友人と佐倉の国立民俗博物館へ行ったときである

 

 

 

こちらの民俗博物館はとにかく巨大で、その日は3時間ほど滞在したが全体の3分の1くらいしか巡れなかった気がする

千葉県佐倉市だなんて辺鄙な場所にあるのでなかなか行くことができない

こういった国民全体にとって有意義な建物こそ利便性のよい場所に立地すべきで、勝どきのタワーマンションを全て爆破してそこに移設してほしいと思う

 

その日は縄文・弥生時代を中心に見てまわったのだが、ひとつ引っかかったのが「縄文犬」の存在であった

縄文時代から犬は存在しており、展示されていた「縄文時代をイメージした絵」には縄文人と縄文犬が共に駆け回っている様子が描かれていた

そして問いが発生する「縄文犬はなぜ食べられなかったのか」

 

その後、犬からみた人類史を読み、稚拙な読解力の末出した結論はこうである

「かわいいから」

なんだそれと思うかもしれない

もちろんその他にも様々な要素がある

 

例えば、犬はよく吠えるから人に飼われたというのがある

これが可能になったのは、犬が「自発的」に吠えることが可能だということであった

通常、人は大脳を介して発話を行うが、他の哺乳類は反射的(情動的)に発話を行う

喉の運動というのは呼吸に直結するし、身に危険が及んだときにいちいち考えて声を出すわけにもいかないので、簡単に意図的な制御ができないようにしているのではないかと書かれていた

一方で犬は遊びの文脈での吠えなど、明らかに自発的に吠えることが可能になると考えられており、これより牧畜の際には羊をまとめたり、敵を追い払ったりするのに犬を用いたと考えられる

 

でもやっぱり根本には、かわいいから というのがあるんじゃないかなと思う

だってかわいいからな 犬

 

犬がかわいい そんなことは当たり前であるが、なぜかわいいと思うかについて、本に記されていた

それは「眼」であった

人の眼は白目と黒目にはっきり別れているが、他の動物はそうではない

 

 

他の動物にも白目と黒目の区別はあるが、色が同化しており、見分けることができない

これは、黒目の動きが読み取られてしまうことにより、注意を向けている対象や、視線による感情が読み取られるなど敵に情報を与えてしまうためであり、したがって小さい単位や個々で生活する動物にははっきりとした白目がないということである

なので、群れで生活するオオカミはきちんと白目がわかる

 

 

さて、これらを踏まえて犬はどうだろうか

人と群れで生活をするのであれば、人のように白目と黒目がはっきり分かれていたほうがよい気がする

 


しかし犬は白目が黒目と同化している場合が多い

本ではこれを「かわいいと思ってもらえるから」としており、眼のかわいらしさによって犬は人の庇護下へ潜り込むことができたといえる

ただ、うちで買っている雑種犬のように、白目がよくわかる犬種もいる

 

 

本では、そのような「白目が同化した犬」と「白目がよくわかる犬」の2グループに犬を分けた上で人との関わり方を実験した結果が記載されていたが、後者の白目がよくわかる犬は人の方を見る回数が明らかに少なかったということである

うちのクソ犬も全然こちらを見ない 人をなめている

人に庇護される対象としては、白目が同化した犬のほうが優秀ということなのだろうか

そう思うと急に実家犬が可哀想になってきた 庇護してやらねば

 

クソ犬

 

 

さて冒頭の問いである「人にはなぜ白目があるか」

これはもうここまで書くと簡単な問題で「群れ社会で生きてきた」からである

 

群れ社会で生きるためには、様々な秩序が必要になる

商品流通において客観的な指標となる「貨幣」や、人々が安全に暮らすための「法」、人々を統治するとともに人々の代表となる「政府」など、群れ社会である人間社会には様々なルールがある

 

news.yahoo.co.jp

 

元お笑い芸人の男が、警察官を装って高齢女性からキャッシュカードをだまし取ろうとしたとして逮捕されました。

 詐欺未遂の疑いで逮捕されたのは、住居不詳、元お笑い芸人で飲食店経営の正村綱良容疑者(41)です。

 警察によりますと正村容疑者は4月30日から5月2日にかけて、氏名不詳者らと共謀の上、警察官を装って仙台市太白区に住む90代の女性からキャッシュカードをだまし取ろうとした疑いが持たれています。

 女性の自宅には「あなたの住んでいる地区で強盗があったので口座を確認する」などと複数回うその電話がかかってきていましたが、女性が警察に相談したため未遂に終わったということです。

 正村容疑者は「弁護士と話してから話したい」と認否を保留しています。特殊詐欺グループの受け子とみられています。

 正村容疑者はお笑いコンビタカダ・コーポレーション」の「おやきくん」として活動していましたが、既に解散しているということです。

 

 

タカダコーポレーションのおやきくんは、そのような人間社会で生きていたからこそ法で裁かれてしまった

それはカメラの前で白目をむき出しにしている、まさにその状況から必然的に帰結されるものであった

 

白目によって聴衆から評価され、一定水準の生活が保証された男は、白目によって刑務所送りとなった

 

これが人間社会である

おやきの白目は様々な秩序について、改めて認知するよう我々に投げかける

 

「不思議と嫌じゃない」のメッセージから抽出される自己矛盾は、白目において確立された自らの地位を、白目によって失うという将来を暗示していたのかもしれない

 

 

Go to Heaven

 

おやきに与えられる来世が、黒目で溢れたものになることを祈念して...

 

 


www.youtube.com

 

28歳 元旦 能登半島地震

現在28歳

 

早生まれではないので1995年生まれということになる

年配の初対面の方に何年生まれかと尋ねられたとき、95年と伝えるとともに毎回「震災の年です」と付け加えてしまう

 

おそらくそうやって伝えることで毎回相手が「意味のある表情」をすることから、自然と情報として付け加えることになったのだと思う

そしてそのたびに、やはりあの阪神淡路大震災の記憶というのは深く人々に刻み込まれているのだと実感する

 

ちなみに今年ハタチになる子は、生れ年の2003年を「曙がボブサップに殺された年」と紐付けておくと我々おじさんには非常に通じやすくなるので是非覚えておいてほしい

 

 

そんな28歳の自分の正月は、いつもと同じように母方の実家である徳島に帰省していた

1月1日は昼に家族でご飯を食べに行き、食後は祖父母宅の座敷に布団を並べて家族全員で大昼寝をかましていた(前日に帰省していたことから移動疲れもあり)

座敷につけっぱなしにしてあったテレビが急に地震速報を流したのは16時頃だっただろうか

スマホには一切その類の速報は届いていなかったが、念のため「地震速報がきた」と家族全員を起こす

しかし、特になにも起こらなかったため(その後徳島県にも震度2が来ていたことを知るが、全く気付かなかった)、また家族全員が二度寝の体制に入ったときであった

 

 

信じがたい情報であった

震度7は確実にとんでもない被害が生じることは過去を思い返しても明らかであり、しかも震源地は海沿い

当然のごとく津波警報が出され、NHKのアナウンサーは緊迫した様子で、地震の情報よりなにより「とにかく逃げろ」と伝える

 

画面を食い入るように見つめていると、不意に津波警報の上に色の違う情報がポツリと追加される

アナウンサーの声は悲鳴に近かった 大津波警報であった

自分も全身から血の気が引いていったとともに、気付けば涙が止まらなくなっていた

津波の予想高さと地名がセットで画面に映し出される

能登半島は根っこの羽咋までしか行ったことがないが、富山や新潟の沿岸部は去年今年と訪れたばかりであったし、その他にも見知った地名が並ぶ

 

アラサーになり涙腺が緩くなったこともあると思うが、ポロポロと泣いてしまったのは確実に3.11の記憶が深い影を落としていたからだと思う

震災、特に津波によってこれから恐ろしいことが起こるという予感、そしてそれを切迫した様子で伝えるアナウンサーの声、悲しみというより恐怖によって泣かされたのかもしれない

 

 

2011年3月11日

 

当時中学3年生

その日は塾にいた 高校受験が迫っていた

時期的には春休みではないので、なぜ昼過ぎの時間に塾にいたのかはあまり覚えていない

受験前は短縮授業で早く帰らされていたのだろうか

 

普通に授業を受けていた教室に塾長が飛び込んできた「とんでもないことが起こった」と

実はその記憶は曖昧だったのだが、偶然最近会った同じ塾の友人と3.11のときの話をしていたら、上記のような感じだったらしい

ただ、授業が一旦中断されたのは覚えている

受験前のこの時期に授業を中断するのだからやはり相当な緊急事態だったのだろう

そして塾長か授業を担当していた先生からだったかは忘れたが「東北で大規模な地震が発生しました」と

 

周りには携帯を持っていた子もいたので、休み時間にそこからテレビを見せてもらうと、まさに津波が街に押し寄せる空撮映像が映し出されていた

戦慄するとともに、非常に不謹慎ながら1割くらいは興奮した様子でその画面を見ていたのだが、その後震災の状況を知るにつれ、あまりにも凄惨な被害に大きなショックを受けたことを覚えている

 

震災から1ヶ月ほど経てば、今度はより焦点を絞った物語が語られるようになり、家族全員を亡くした子どもや、目の前で親しい人が流されたといった個人のレベルの話は、より強烈で目を背けたくなるほどであった

 

この時期に中3であった人間は、中学から高校に変わる春休み、つまり部活も宿題もなくただ家にいることが多い時期にひたすらこういった映像に触れることとなり、精神が辛くなった人も多いのではないだろうか

 

その後、大学生また社会人になり自分でお金を稼げるようになると、実際に現地に行くことができた

 

 

大学生のときは三陸

そして今年は荒浜へ

 

 

荒浜小学校は当時のままの姿で保存されており、中に入ることもできる

2階部の手すりがぐにゃりと折れ曲がっているのが津波のエネルギーを如実に表している

 

ここで印象に残ったのは震災前の荒浜が再現された模型であった

 

 

その模型は、ただ建物や地形が再現されただけではなく、建物1つ1つに属性のピンが立っている

その属性も、公式の地図のような用途や名字を示したものではなく、「◯◯君の家」や「駄菓子屋」など、個人の物語に沿って書かれている

おそらく実際に小学生が震災前の記憶を頼りに作ったのだと思う

これが震災抜きに、ただ「自分の街の模型を作る」という企画であったらどれほど楽しい作業だろうかと想像する

 

さて、この模型は二重構造のようになっており、まず模型の方角は実際の方角とリンクしている

そして、模型が飾られてある部屋の奥には窓がある

 

この窓からの景色を見て絶望した

 

 

何もない 何も残っていない

わかるだろうか、上の写真の模型の「今ここ」となっている箇所が学校であり、その学校の前には集落が広がっている

模型と現実の方角はリンクしているため、この窓からも当然その集落は見えるべきなのである

ところが、窓からは青々とした野原が見えるのみ

 

模型の建物(その住人や来訪者)ひとつひとつに歴史があり、物語があり、それらがまた掛け合わさって無限の物語が生まれるはずであった

それらが全て津波により流されてしまった

 

震災の被害を個人レベルにまで落とし、そして窓からの風景により現実と対比させるというこの模型の見せ方はとても印象的であり、改めて震災における大きな被害というのは小さな被害の集合体であることを認識させられた

 

多感な時期に経験した3.11

その後に改めて認識した被害の悲惨さ

 

そういったことを踏まえ、津波の報道に絶望してしまったのだと思う

結果的に津波は3.11ほどの規模ではなく、被害は出ているので喜べないものの、あれほどの被害にならなかった点は不幸中の幸いであった

 

今回も正月早々に震災の報道によって精神がしんどくなった人間がいると思うし(自分もその一人)、その痛みから逃げることは正しいと思う

ただ、「痛みから逃げること」と「痛みを認識しようとしないこと」は全く別モノなので、この痛みにはきちんと向き合う必要があると思う

それは他人に強制することではないけれど、必ず多くの人は胸を痛めていると信じている

 

 

そんなことを考えているときにSNSで「すずめの戸締まり」がWOWOW?かなにかで震災直後に放送されたことを知る(以下文章ネタバレ含む)

これは完全に偶然のことなので、WOWOWは放送を辞めるべきであった!なんてそんなことは当然ながら全く思わない

 

この映画は去年見ており、そのときは普通に感動してしまったし、エンターテイメントとして楽しんでしまった

3.11の記憶も受け継がれるし、よいのではないかと

 

しかし、その後NHKクローズアップ現代で実際の被災者からの批判の声を聞くこととなった

そのときも自分の浅い理解力では「震災のエンタメ化」や、観たことでトラウマがフラッシュバックされてしまうことが批判されていると思っていた

ただ今回の能登地震を受け、あの映画における震災の描かれ方は危険なものではないかと改めて認識するに至った

去年に観た映画なのでそもそもストーリーがあやふやであり、根本から誤っているかもしれないのでそれは指摘してください

 

まず、震災は「巨大ミミズが引き起こすもの」という設定【①】

そしてそれは人間が鎮められるものであるという設定【②】

②は少し「ん?」となるけれども、ここまでは問題ないと思う

ただ、最後に物語は完全に3.11と結びついてしまう

それとなく伝えるとかではなく、3月11日という日付まで表される

これはやはり良くない 自分が被災者であれば許せない

 

引っかかるのは設定②である

地震は人が鎮められるだなんてあまりにも傲慢な設定ではないだろうか

作中では神戸や東京で起こるはずであった地震を主人公たちが命がけで守る

ならばなぜ東日本大震災は防げなかった?防ぐのに失敗した?

穿った見方をすれば、防ぐ価値もなかったのかと思われないだろうか

設定①と②のみであればそれはファンタジーの話なので、好きにしてくれと思うが、それを現実の震災と結びつけることは非常に危険であるように思う

 

 

震災の痛みを人が認識しようとするとき、ひとつは「帰属意識」というのがある

これは「同じ日本人だから」という帰属意識により、仲間の痛みを知ろうとするものである

そしてもうひとつ「自分にも起こり得たことだから」という偶然性もその要素ではないかと自分は考えている

この発想は震災に限らず全ての物事に当てはまる

例えば「今は自動車を利用するためバスには乗っていないが、明日にも自分は足が不自由になるかもしれないので、バスの運行に税金を投入するのは問題ない」という発想はこれに基づく

この考え方を当然のこととして持っている人もいれば、一方で「今の自分は自分の努力の結果であり、失敗者は努力不足」のような新自由主義的考えを持った人間もいる

 

すずめの戸締まりにおける震災は、震災における偶然性をあたかも必然的に「努力することで防げる」ように描いているように自分は感じた

 

今回の震災で自分が被災しなかったのは本当に偶然でしかない

1秒後にも南海トラフ地震が生じ、自身や親しい人間が死に至る可能性だってある

 

地震の翌日には被災地にオンラインで募金をしたが、その意味合いは被災地を助けたいという純粋な思いとともに、どこかには「自分たちが被災したときに助けてほしい」という、傲慢に見える考えも含まれていたのかもしれない

見返りを求めるその態度は傲慢にも見えるけれども、「不幸の偶然性」を踏まえての傲慢さなので、少しだけ許してほしい

 

 

もちろんオチのある文章ではないので締める言葉もないけれども、この元日に受けたショックと感想をきちんと言語化しておきたいと思って文章にした次第

 

安全な側の我々は何ができるのか

これからも向き合わなければならないと思う

 

ラブホトケ

出勤時のお昼休みはブラブラと東通りを歩いて外食しに行くことが多い

 

去年のある日、そのルートに仏像が建設されていて驚いた

「建設されていて」ではなく「建立されていて」というべきか?

 

 

これは2022年8月に撮影した写真

 

そして以下の写真はこの1ヶ月以内に撮影したものである

 

 

違いがわかるだろうか

 

なんということか、最近の仏像は手にガーゼが巻きつけられている

また、よく見ると足の少し上にも穴が空いた痕跡がある

 

布のシワを横浜市営地下鉄とすると、センター南駅の位置のところ、といえば明快に伝わるかと思う

 

地下鉄事業 横浜市

 

一体なにがあったのだろうか

 

news.livedoor.com

 

わりかしどうでもいいニュースだからだろうか元の記事は消えているのだが、今年の3月頃、酔った若者が指にぶら下がり、ポキリと折ってしまったとのことであった

 

足のスネあたりの穴はどうだろうか

 

www.fnn.jp

 

こちらも酔った若者にグーパンチされ、ポッカリ穴があいてしまったようである

 

このニュースを見てどんな気持ちになるだろうか

酔った若者による蛮行!指には指を!制裁として指2本を奉納すべき!という意見もわからなくはない

 

ただ自分は、悪事と断定できないように感じてしまう

もちろん行われたことは軽犯罪なのだけれど、これに対して商店街の理事が激おこなの、ちょっと面白いなと思ってしまう

 

 

なぜ自分はこの仏像破壊に対して断罪できないのか

 

もう一度仏像を見てみる

 

 

なんということか、ラブホテルの横に建立されているのである

ラブホトケだ

「建立されていて」ではなく「勃起されていて」というべきだろうか

 

こうなると指の形、来迎印もなんだか卑猥な穴に見えてくるというものである

 

【来迎印】

信者の臨終に際して、阿弥陀如来西方極楽浄土から迎えに来る時の印相

 

来迎印のすぐ脇で絶頂すると本当に極楽へ連れて行かれそうで怖い

「イク」じゃなくて「往く(ユク)」

 

螺髪も「ラブホ」とか「ブラホック」とかいうエッチワードに音の響きが似ていてなんだかホットな気分になる

目も石破茂のようなエッチな目をしている 厭だ 

 

こうなってくると、明らかに魂のこもっていない、信仰心もなにもない舐め腐った仏像は破壊されても仕方ないのではないかと思えてくる

もはや、ラブホの横に置かれている仏像が無傷な社会の方が問題な気すらしてくる

 

これは過激思想でありラブホトケ破壊犯はそれ相応の罪を償わせるべきであるが、その分俺が犯人に揚子江ラーメンくらいは奢ってあげたいとは思う

 

 

まあしかし皮肉なことにというか、なんというか

このラブホトケの立ち姿はなにか心を動かすものがある

建立直後は何も感じなかったし、むしろ舐め腐った仏像を作りやがってという厭な気分が先行していた

しかし指と足を破壊されてもなお立派にそびえ立つこの姿を見よ

 

 

なにかこのラブホトケにいつも社会道徳を教わっている気分になる

人の信仰を侮辱するとこのような目に遭いますよ というのを、まさに体現している

 

 

 

ウクライナのシャボにあるレーニン像は完全に打ち倒されていないからこそ凄まじいメッセージ性を有している

 

このラブホトケも体に傷を負ったことで、収まるところに収まった感じがする

ひと目見て「あ、なるほどね」と、論理の通った納得のされ方がなされるのではないか

 

 

街には面白いオブジェに溢れてほしいと思う一方、やはり踏み込んではいけない領域というのがあり、自分はこのラブホトケに対してラインを超えているような感覚を持っている

ラブホトケ破壊の模倣犯はもうこれ以上現れないことを願うが、それと同時にラブホトケのような薄ら寒いオブジェも増えないことを願っている

 

近所の大好きなデューク更家像 いくら増えてもよい

東京

 

「東京には・・・2年から3年以内に行ければ  ってなってるけど」

 

東京本社

眼の前には今年から新たに部長となった方

建設コンサル業界はだいたい10月はじまりのスケジュールとなっており、少し仕事が落ち着き、また年末となる12月に、部長との面談がいつも行われる

 

部長は去年の面談(去年は別の部長だった)の内容を冒頭に振り返る

そこには1年前の自分が写し取られており、記事文頭の内容はそのときの自分が発した言葉だったらしい

 

当時は愛する人の住む街であった東京

今はそのような個人的意味を失い、ただ自分の所属する国の首都として経済的に関与する程度の都市となった東京

 

東京

 

今年の9月、急に上司から東京の大手私鉄への出向に興味はあるかと聞かれた

今の仕事もあるし、アラサーで東京へ飛び出すことで人生設計が狂うことへの恐怖より一旦は断ったものの、やはりこんなチャンスはないと思い「チャンスがあるなら行かせてください」と再度お願いをした

 

そのまま巨大な力をもって自分を東京へと吹き飛ばしてくれるのかと思いきや、10月くらいになり、選択の機会が与えられた

つまり、行くのか行かないのか、自分で決めることが可能となった

そしてそのタイミングで、具体的な仕事内容も伝えられたのだが、これが全然やりたい仕事と違っていた

簡単にいうと、ソフト的なことがしたかったが、ハードに寄った仕事であった

 

周囲にも相談し、自分でも色々と考え、先週の頭に会社の幹部へ「断り」の連絡を入れた

キャリアの中での出向の立ち位置が自分の中で消化できなかった というのが理由であった

 

東京への転勤を完全に受け入れていた去年と、会社を飛び出して様々な経験が積める可能性があるにも関わらず東京での仕事を断った今年

 

結果として今の仕事をそのまま続けることになったが、一度心が揺らいだ上で今の線路に戻ってきたわけで、自分でも「自主的に選択をして生きている」という実感がある

 

「自我の確立」について書かれた以下の文章が印象に残っている

 

私たちはいちおう全体を拒否し、時間の流れをせきとめなければならない。拒絶の美徳を忘れて、現実の偶然をなにもかも取り入れるのは、一種のおもいあがりである。部分としての個人にその力はない。

ーー「人間・この劇的なるもの」福田恆存

 

これは会社の中でも当てはまるかもしれない

上からの力に身を任せる、イエスマンになるということは、もちろん会社の中でも重宝されると思われる

ただ、そこに身を任せることで自分は「部分」として機能し、会社に貢献しているという確信を持っているのも、一種のおもいあがりなのかもしれない

自分は割となんでも来いやタイプだったので、偶然に身を任せてしまうことこそ美しいと思っていた人間であったが、今回色々な人に相談して、やはり経験があったり大枠で物事が見えている人は「あなた便利屋として扱われているかもよ」と忠告してくれた

 

まあしかし9月くらいにはちょっと舞い上がってしまって、東京のどこに住もうかなんて考えていたアホな時期もあった

徳島県民だから阿波おどりの盛んな高円寺かな〜 でも家賃高いナァ〜なんて思いながら色んな街を見る作業は、とても楽しかった記憶がある

 

そんな自分にとって、東京というのはヒグマのような街であった

 

今年の9月に五所川原の公園にいた真っ白なヒグマ

 

根拠はない なぜと聞かれてもわからないけれど

ただ、東京という街の論理に迎合していると幸せになれないような気がしていた

話し合ってどうにかなる相手ではない

決して気を許してはいけない

そんな都市であった

そこには色々な感情や論理が交錯し、中には非常に幼稚なものや低俗なものもあったと思うけれども、なにせ東京が個人的事情と紐付いていた時期は面白くて苦しくて、まさに連続キャメルバックの様相であった

 

 

そう、連続キャメルバックというのは気持ちいいのである

でも少し体が休まったとき、ドッと疲労や物悲しさに襲われるときがあった

 

 

本当に苦しかったときに友人に送ったラインは今見返すと面白いけど、当時は逼迫した状況であった

東京との間接的かつ個人的な関わり、それは例えるなら家の近くの裏山にたまにヒグマが出るようなもので、襲われる確率は低いものの、常に緊張感を持って日常生活を営む必要があった

 

 

そして今回、東京へ飛び込むチャンスを得た

これはもうヒグマを部屋の中に入れ込み、同居するようなもの

めちゃくちゃ怖いけど、なんとも刺激的な、そんな日々が待っているに違いない

 

ただ気を許してはいけない

先ほどの話と同じように、ヒグマに身を任せた結果、とんでもない力の偶然性(本能と呼べるかもしれない)をもって人体が吹き飛んでしまう可能性がある

でもそんな環境に生きる自分はどうなっていたのだろうか、と興味深く思うこともある

 

もうその選択はできないので、東京に住んでいた自分はとんでもないことになっていたに違いない、と正当化するしかない

偶然ではなく自分でそれを選択したのだから、色んな想像はしばらく消えないだろうけど

 

東京に取り込まれ、従属の末、同化してしまった自分(映画「ミッドサマー」より)

 

 


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Spotifyをみると年間最も聴いた曲は「Juxtaposition with Tokyo」だった

これとMONO NO AWAREの「東京」は、マイベスト東京ソングである

 

ここは東京 君の東京
いずれ故郷の六畳と白い灯台
君を抱けば白んで消えていく

気がしていたよ東京 君のいる街東京
いつになっても故郷の小学校や太鼓の音色は
悩ましいほど目頭に浮かんではくるけれど

 

ふるさとは帰る場所ではないんだよ

 

ここは東京 僕の東京
いつも望郷のまなざしを飛ばしながら
まだ見ぬ新たな母を探している

 

ーー東京 / MONO NO AWARE

 

 

東京に行く可能性が50%くらいあることは周囲に伝えていたので、これを伏せていれば「さようならパーティー」みたいなものが開催されていたはずであった

 

会の終盤、こそっと廊下に行き、隠してあった中型のBluetoothスピーカーを肩に担き、上田正樹の「悲しい色やね」を爆音で流しながら「なおちゃん、東京、行かへんで〜!!」と登場するのもちょっとやってみたかった

 

とりあえず、これからもエゾシカのような街オオサカで 、私は生きていきます

 

社会福祉

 

行ったことのない街でお酒を飲むのが好き

 

千林商店街にて

 

もちろん飲み会の回数としては、天満や梅田で飲むことが多いけれど、たまに「なんやねんそれ」みたいなところに行きたくなる

 

萱島にて

 

天満や梅田にある小ボケの数々は、小ボケを設置した人間が「これは面白いぞ」などと認識してしまっている、我々の一般常識に内包されたつまらない小ボケである

 

寺田町にて 飲み屋ではないけど

 

一方、普段行かないような街で出会う森羅万象は本当に自分の心を揺らしてくる感覚がある

「本物」だなと思う

 

 

先日「そういえば、野田で飲んだことないな」と、野田で飲むことを思い立ち、その周辺の地図を見る

旅行に行くときも、旅行先で訪れるであろう箇所の周辺地図を何も考えずボーっと眺めていると、たまにとんでもなく面白い場所を見つけることがある

Oh...Serendipity... な瞬間

なので、ボーっと地図を眺めるというのは幸運を捕まえるために必要不可欠な作業なのです

 

さて下の地図を見て、どこに目が留まるだろうか

 

 

これは明らかに「地獄谷冥土BAR」である

名前がエゲツない どういうこと?

そしてすぐ北の店を見て更に興奮する

「地獄谷エルマノスカレー」

 

近接した店に同じ名前が含まれていることから推測されるのは「その名詞は地名ではないだろうか?」ということである

「地獄谷」とは一体どんな場所なのだろうか

俄然興味が湧いてきた

そして、地獄谷を探り当てた自分の彗眼に感服するのであった

 

 

地獄谷のことをネットで調べると、公式HPがあり、アクセスすると上からしんしんと雪が降り注ぐ

全く意味がわからない 邪魔すぎる 野田は絶対に豪雪地帯ではない

不可解な壁の前に立ち尽くし、涙が出てくる

 

ずっしりとした、でも実体のない重み、これこそが「本物」である

気がつくと、環状線の11時の方向へ、私は駆け出していた

 

 

野田に着くとさっそくキラキラしたビルを見つける

この世のすべてのフォントが揃っていて感動する

お気には「スナックみほ」と「シャントン」かな

 

さてさっそく地獄谷に足を踏み入れたのだが、本当に腰を抜かしそうになった

 

 

なかなか現地を歩かないとわからないかもしれないが、とにかく退廃的な雰囲気で、ゾクゾクとした緊張感すら感じる

なにがそうさせているのかというと、窓のないただの「壁」の面積があまりにも大きい点が主な要因じゃないかと思う

 

わかりにくい説明になるけれども、よくある裏路地の飲み屋街というのは「オモテだけどウラ」なところが惹きつけられる点である

要は、普通に飲み屋が並んでおりガヤガヤとしているが、周りの環境から遮断されたような「ウラ」の感じが人々を魅了する

 

ただ、ここは違う

無理やり言うならばその逆で「ウラだけどオモテ」

 

前述した「オモテだけどウラ」の「ウラ」はあくまで雰囲気のことを指すのに対し、地獄谷の「ウラ」は本当に建物の裏であり、そのような環境でありながらも飲食店が密集し、「オモテ」の雰囲気を醸し出している

すごい場所を発見してしまったと、心底感動してしまった

 

さてここまでが前置き

すべて省いても何ら問題がないが、なにせ地獄谷の素晴らしさを伝えたかった

 

そんな地獄谷で、おそらく常連が集うであろう古めかしい居酒屋へ「せっかくやから」ということで突撃をした

 

 

これはすごい なんて素晴らしい飲み屋だろうか

やはり人間というのは外に出歩かないといけないと思う

特に、出かけたことのない街というのは何かしら気付きを与えてくれるし、単純に新鮮な風景というのは面白い

自宅でモゾモゾと過ごしている間にも、日本の様々な街が同じように歳を重ねている

当然ながら同じ世界を生きているわけで、いつでも飛び込んでよい

だったら突撃しよう その街の風土もいつまで維持されるかわからない

 

そんな素敵な飲み屋さんであったが、壁にソフトボールチームの集合写真が飾ってある

なんの疑問も抱かずに、店主のおばちゃんに「お孫さんですか?」と尋ねる

「いや、ちゃうねん・・・」と話し始めたおばちゃんの話が素晴らしいものであった

 

話によると、このソフトボールチームは、飲み屋に通う常連さんで作ったチームであった

それだけでもすごいが、よく見ると写真の下に”40周年記念”と書かれてある

「40年やってるんですか!?」と思わず聞いてしまう

そうすると40年前、結成当初の話をしてくださったのだが、最初はバットも買えず、角材を振り回してソフトボールをしていたそう

あまりにも面白い はだしのゲンの世界観

 

そしてこのソフトボールチーム結成の目的がすごかった

ここは飲み屋であり、当然お酒を提供するのであるが、「飲みすぎて不健康になってはいけない みんなに長生きしてほしい」とのことで、健康増進のためにチームを組んだというのである

そこでは対外試合をするわけではなく、ひたすら紅白戦を行い、楽しく体を動かすのがメインであるそう

 

感動してしまった

これはもはや「社会福祉」である

 

地獄谷を訪れ、そして社会福祉飲み屋に出会えた

ああなんて素敵な夜だろうか

すごく満たされた気分になった

 

ちなみに「地獄谷」というのは地名ではなく、なんと愛称であった

意味は「一度来ると帰ることができないから」という泣けるほどグッとくる由来

この愛称がどのようにして決定したのかわからないけれども、その名前を大事にして色々な店があたかも地名のように店名に混ぜているというのはすごいことだなと

この街の成り立ちを詳しく知りたいし、単純に街並みが面白すぎるので、今後何度も行くことになると思う

 

そのあと冥土BARにも行った

 

 

ただ、そもそも「社会福祉」の観点でいうと、飲み屋やバーの存在はそれだけで社会福祉なのじゃないかと思う

自分は非常に孤独を感じやすいウサちゃん型人間であるが(かわいい)、近所のバーの存在にめちゃくちゃ助けられている

これは【会社】【家】に加えての、俗に言う「サードプレイス」となる

 

孤独に打ちひしがれ、誰かと話したい気分のときは、フラっと街に出て近所のバーに行けばマスターともお客さんとも会話することができる

もちろんお酒を飲むのにお金はかかるが、精神的な不足をお金で解決できるというのは非常にありがたいことであり、支払う金額以上のメリットを享受しているからこそ、たびたび出向くのである

 

ただ、自分はこのようにバーに助けられているが、「お酒を飲めない人」はどうなるのだろうかと考えることがある

たまたま自分は最低限お酒を受け入れられる体だからバーで孤独を解消することができているが、そうでない人は救われる道があるのだろうか、と

 

また、自分はたまたま育った環境が良いため最低限の社交性を身につけられているが、そうでない人々はなかなかこのような場所に出向くことができないのではないか、と

 

そんな話を行きつけのバーで話した

そして「お酒が飲めない、社交性があるわけでもない人々を救うための【ダサい店】が必要ではないか」といった話へと展開した

(これを書くと自分は【ダサくない店】に通えているような選民思想を持っているようで、それこそめちゃくちゃダサいのであるが、そのダサい思考を認めた上で書いている)

(そのように括弧で補足的に説明すること自体が最高にダサい)

(それを括弧で補足的に・・・ 以下繰り返し

 

 

「そんなダサい店を開ければいいですけどね」とマスターに話すと

「じゃあ坂本くん、そんな店の店主になって毎日カウンターに立ちたいかい?」と聞かれ、それもヤダなぁなんて思ってしまう

なんて自分勝手な

 

また、「お酒が飲めない人もこの店に来るし、心配しなくともそんな人もきちんと楽しく生きていってるよ」と

 

あぁ 勝手に「誰かを救いたい」というのが先行し、めちゃくちゃ傲慢な考えになっていたな、と反省させられる夜であった

 

 

でも、なにかしらの「居場所」を人々に提供するというのは人生の究極の目標かもしれない

誰しも居場所を求めている

 

だから、死ぬ間際に駄菓子屋とか開ければよいなぁと思う

 

そして小学生と本気で喧嘩をしたいし、以下の記事に登場する駄菓子屋店主の意志を継ぎ、ヤッターめん本位制を確立したいと考えている

 

 

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