忠告
2月の北海道 気温はマイナス10度前後 今日は10度だねぇーなんていう
冬のこちらの人間は、気温がプラスになればプラス〇度といい、マイナスであれば頭になにもつけないらしい
目の前には利尻山 白い恋人のパッケージにも描かれるその美しい姿ゆえ、「利尻富士」とも呼ばれる
「利尻富士見えましたわ!めっちゃ綺麗でしたよ」
泊まった宿から徒歩10分の抜海港からの景色を宿の主人に報告 朝から早起きして宿を抜け出した甲斐があった
「綺麗だったでしょ この天気の感じ 明後日かその先か 多分荒れるね」
この快晴を見るとにわかにはそうは思えない 残念ながらテクノロジーの発達した現代である その人間が本能で感じた、経験・勘を基にした言葉よりも、スマホで1分あれば入手できる情報のほうが価値を持ってしまっている
学生最後の春休み スキー旅行へ北海道へ来たがちゃんと北海道を巡りたくて友人たちとは途中で別れて1人で道東道北を巡っていた まだ旅の途中 やめるわけにはいかない
「明後日以降は観光しようとか考えないほうがいいかもね」
ご主人のありがたい忠告も 右から左へと抜けていった
北海道という土地
北海道は開拓の歴史である
こんな気象条件のめちゃくちゃな土地、本気で切り拓かないと人など住めない
網走刑務所に行けばそのへんの歴史を学ぶことができる つまり北海道の開拓には囚人さえも参加し、死ぬ思いとかではなく実際にめちゃくちゃ死者を出しながらこの土地を人の住める場所へと変えていったのである
比較的近年では34名の死者を出しながら青函トンネルが開通 多くの犠牲無しにこの土地は心を開いてくれないのかもしれない
もともとこんな土地に住もうと思ったアイヌ人がパイオニアだとすれば、囚人たちはフロンティアである フロンティアが道を広げていったおかげで、こうしてのんきに観光ができるのである 頭が下がる
試される大地 北海道 それは彼らのフロンティア精神を尊重しての言葉なのかもしれない
そして嵐へ
話を戻すと、3日後 本当に嵐が来た
強烈な横風によって右半身だけ雪が積もり、温泉に着いた頃には右半身を上に向けて這ってきた人みたいになっていた
温泉を出て洞爺駅に戻るも電車が来ない 長万部あたりまで行こうと思っていたけど断念
急遽近くの宿を探すことに
再忠告
宿が見つかった 奈良県の方が経営しているとほ宿*1で、最寄駅までの送迎もあったのですぐに予約
一旦収まった吹雪のなか、送迎者は宿へ向かう
聞くと、宿のご主人ののもともとの職場も近畿日本鉄〇だったようで思わぬ偶然にテンションが上がる
「給料安いからね やめたほうがいいよ」
僕も近畿日本鉄〇に入るんです と1分前に言ったのは聞こえていなかったのだろうか なんてことを言うのか 給与面なんかで辞めるわけない 昔からの憧れの職業やぞ ネットを見てもそこまで給料が低いとは書いてなかったし、金を稼ぐという意識がないゆえ人間関係に悩むこともそんなにないと書いてあった こんな良い会社はない 一生をかけて尽くすのみである
「これからも旅行を続けるなら 他の仕事したほうがいいかもね」
ご主人のありがたい忠告も 右から左へと抜けていった
走れ SLよ
宿に着くとご主人から
「僕の入ってるSLの動態保存会の会合があるけどついてくる?」とよくわからない提案
逆に行かなければどうなるのか 今日の客は自分だけ この家で留守番をさせられるのか
それもおかしいと思ってとりあえず着いていくことに
会合は個人宅で行われており、お邪魔するともう宴会が始まっていた
動態保存会のメンバーはおおむね中年から初老の男性であり、快く迎えいれてくれた
いったいどんなお話が聞けるのか SLが走っていた当時の北海道の話 SLの動態保存に至ったきっかけ、経緯 いろいろ聞かせてほしいな
「で、話を戻すけど 裏金はさ・・・」
自分から見てすぐ左隣の中年が切り出す 裏金?SLの保存に使われる特殊な金属のことをそう呼ぶのだろうか
「うん そこの確証が取れれば なぁ」
自分から見て真正面の初老の男性が返事する 宴会中にもこの男性が家のものを持ち出したり料理をふるまったりしているのを見る限り、この方が家のご主人であることは間違いなかった
いったいなんの話をしているのか 5分ほどして話の本筋が見えてきた
この家のご主人は実は地域ではお偉い人で、町長選か議員選かわからんけどとりあえず出馬をするらしい
で、この町は2つの町か村が合併してできた土地ゆえ合併前は他市町村であった地域の人間に対して敵対意識がある
そんな敵陣の武将が裏金で何かをしているらしいとのフワフワな情報が手に入り、これだけを武器にどう敵陣を滅ぼすか といった話であった
ゲロ吐きそうになった
なんて話を聞かされているのか SLはいつ動き出すのか
2015年の年末 12年ぶりに対戦したボブサップと曙
序盤に耳を切り出血する曙に対し、サップは執拗に耳を攻める
出血の止まらない曙 しかしサップは何かを割り切ったのか、ひたすら耳を攻める 改心の一撃ではなく、ただただ耳をこすり、傷穴を大きくしていく
耳からとんでもない量の血を垂れ流す元横綱と、それでも耳だけをこすり続けるサップ
最近テレビを買い換えたと久々に会う孫に自慢していた祖母の液晶大画面テレビは、この世のものとは思えない光景を流し続けていた
結果は出血多量で曙の敗北 世界の格闘技史に残る最低の試合であった
今目の前ではまさにサップが曙の耳に打撃を食らわそうとしている
きっと昔のフロンティア精神盛んな道民なら真正面から曙に立ち向かい、町民に向けて画期的な施策や明確な将来ビジョンを訴えかけ、曙の顔面に渾身の右ストレートを叩き込み、枠を勝ち取りにいくだろう
しかしここは現代 発達したテクノロジーにより、フロンティア精神など失っても人々は手軽に土地を開拓できるし、裕福に生きていける 未開の土地に足を踏み入れるにあたり、自分の命を捧げる必要はなくなった
開拓という概念がなくなった今、他人を出し抜くにあたって「挑戦」というものの重要性が落ちたのかもしれない 弱点を突けば勝てるのだ サップは正しかった
このあとも裏金の話が延々続いた 最後まで会話の中でSLが動くことはなかった
動態保存をしているのだからSLは眠っていて当たり前なのかもしれない
脱出
翌日も大荒れ しかし京都の下宿を引き払う関係で、この日の飛行機で絶対に帰らなくてはいけない 宿のご主人のご好意で空港まで車で送ってもらうことに
しかし途中でホワイトアウト 一寸先が本当に見えない
よく自宅まで数mのところでホワイトアウトに遭い、路上で亡くなってしまうという不幸なニュースが流れてくるにあたり、本当にそんなことがあるのだろうかと思うが、実際に経験するとそら死ぬわ となる
しかし現代では車の中にいれば死ぬことはない さすがに長時間いると死ぬケースもあるが、少しホワイトアウトに遭った程度ではどうにかなる
一昔前ならこの時点で自分は死んでいた なんということか しかし人類は進化したのだ 自分は 生きている
途中で視界0になりながらもなんとか空港に到着 着いたところで飛行機が飛ばない可能性もあったがPeachは何事もないかのように飛んでいる すごい時代である
「なあ 飛行機運休なってんけど どうしたらいい・・・」
ちょうど同じタイミングで北海道に来ていた友達アベックの女のほうから電話がかかってきた 彼女らはジェットスターで関西に帰るつもりが、ジェットスターは運休になったらしい
人間は進化し、結果 退化したのかもしれない
答えは全て機械が出してくれるし、危険な作業も機械が身代わりとなる
そして人間という生き物は強くなり、そして同時に弱くなった
嵐が来るという忠告を無視したのは、人間が数十年の経験をもとに出した答えよりも機械が数秒で導いた答えのほうが圧倒的に正しいと感じたからである
ここで私の口から言えるべき言葉はひとつしかない
「自分で調べてねん」
そういって親指を滑らせると、会話は自動的に遮断された
いい時代に生まれたのか どうなのか
人間の頭では 答えが出せなかった
*1:北海道を中心とした旅人宿