プロローグ
ぽーん ぽーん
ぽくぽくぽくぽく
何の音だろうかと思う
いま確かに自分は新幹線に乗っていた 耳障りな音に起こされて窓の外を見ると黒い世界しか見えない
もしかして死んだのかもしれない
この結論から遡れば、最初の音は坊主が仏壇でお鈴を鳴らした音で、そのあとの一定のリズムは木魚による音だろうか
昔、母親が新幹線に乗って神戸の友人宅を訪ねるつもりが、新幹線なんて乗ったことなかったため、間違えて名古屋の方へ行ってしまい、泣く泣くそこで泊まらざるを得なかったらしい
その翌日に阪神大震災が起きた お腹の中には俺が丸まって眠っていた
あ、これは揺り戻しによる死なんだなと悟る
ワードでCtrl+Aを押してフィールドの更新を行うように、今なにかのきっかけで世界の微細な歪みが直されようとしていて、自分はその対象になった それだけの話
今までよく生きさせてもらいました ありがとうございます 窓に反射して映る自分の顔はいやに晴れやかである
しかしふと疑問が浮かぶ 死んだ後の人間の姿とは、生前のどの段階の姿なのだろうか
最も「生」のエネルギーに満ちあふれていた頃だろうか そしてそれが採用されるなら、それは「最も楽しかった時期」なのか「最も辛かった時期」なのか
一般的には前者のほうが生き生きとしているように思えるが、実は後者の方が無意識な生への欲求は強いのではないかと思う そうしないとエスカレーターを下り続けて自ら命を絶ってしまうことにすらつながる
そんな疑問を抱いた瞬間、当然のごとく窓に映る自分の顔はぼやけだす なにかこのあと明確な姿が映し出されるのか、それとも雲散霧消となり、死後の世界からも追放されてしまうのか、、、
突然窓の外が明るくなる
新神戸に着いたらしい
まだギリギリのところで生きていたらしい ではあの坊主が奏でたとしか思えない音はなんだったのか
新幹線の車内チャイム
日本の良いところは、四季があるところ!
だなんて言うと
いや四季なんて世界どこにでもありますによって笑笑笑
と、必ずどこかから反論が飛んでくる
なんと教養のない反論だろうかと思ってしまう
これは四季に対する感受性が違うと言いたいのであって、誰も本当に四季の存在そのものを誇っているわけがないやろと思う
日本人は昔から様々なことに対して細かな感性を向け、それを何らかの形で表現しようとする、良くいえばオシャレ民族だと思っている
これは日本人が優れているとかそんなんでもなく、なんとも独特の感性で育ってきたというだけの話で、外国から見れば逆に気味が悪いかもしれない
そんな日本において福岡ー大阪ー名古屋ー東京を結ぶ大動脈となるのが、東海道・山陽新幹線となる
日本人の細かい安全意識まで全て詰め込まれ、開業以来未だに営業運転といった範囲では死亡事故を起こしていない
その日本の誇らしい新幹線において、車内チャイムだけが許せない
とにかく陰気臭い 「特急いたこ444号 恐山行」とかならこのメロディになるのもわかるけど、新幹線なんて出張で使うにしても楽しいような乗り物になんでこんな陰鬱なメロディをつけてしまうのか
世界一のテクノロジーの中において、なんでそこだけ坊主のお鈴と木魚になってしまうのかと、毎回キレそうになる
冒頭のメロディは、いい日旅立ちの「ああ 日本のどこかに」の部分であり、途中駅の到着前に流れる
個人的にはこれが一番陰気臭くてうんざりする(原曲は大名曲だと思う)
なにがこんなに厭な気分になるのだろうか おそらく原因は2つある
①キーの問題
名曲の方の原曲を聞くと、そもそもキーが違うのである
もともとの音は下の楽譜の通りとなる
車内チャイムはこれより1つキーが下がる するとどうなるか
「日本の〜」の「の〜」の音がH(シ)の音になる
このHの音というのは、音階の中でもすごく不安定な音ではないだろうか(オーボエの中でもっとも音がぐらつくのがHの音なのでその個人的影響もあるかも)
また伴奏が木魚であるから余計に支えがなく、それを感じやすいのかもしれない
②リズムの問題
このチャイムの1音目は1拍目ではなく、いわゆる「アウフタクト」の形で始まる
客としてはもちろんチャイムが鳴るタイミングなんてわかってないわけで、急にこれが流れ出すとリズムを見失うのである
また伴奏が木魚であるため、余計にリズムがはっきりしない
最悪まあ日本人ならこの曲を誰でも知っているからなんとか理解可能であるものの、外国人がこれを聞いたときにビックリするんじゃないかと思う
車掌の英語
新幹線の車内で違和感を感じるものがもうひとつある
車掌の英語である
まず誤解されたくないのが、これに関して「日本人の英語力が〜」なんて過大解釈して物事を論じる気もないし、そもそも自分自身が英語を全く話せない
台湾にて「駅はどこですか」という英語すらわからず、実はオオカミかなにかに育てられたのかと過去を疑ったことがある
ここで問題にしたいのが、その英語の適当加減である
さんきゅー なんて英語が聞けるのは、この新幹線の車内か、回転寿司チェーン「さんきゅう」だけではないだろうか
この新幹線での英語に関しては、もはや一種の開き直りすら感じる
もちろん伝わらない英語でも、伝えようとすることで少しでも情報を与えることができるし、やることに意義はある
そんなんではなく、ハナからこれは真面目に英語を話す気なんてないやろみたいな英語が炸裂する
これも「英語を真剣に発音すると笑われるという日本人特有の〜」なんていう拡大解釈はもちろんしない JRの問題でしかない
てかそもそも「どちら側の扉が開くか」なんて情報、そんなに大事?とにかく到着駅を連呼するだけでいい気がする
メラニン色素
やっぱり男の子だもので 新幹線の運転手には憧れていた
もちろんJR東海の試験も受けた それはなんとも気味の悪いものであった
まず、面接前の学生は待合室に通されるのだが、待合室には2つの正方形型の大きな机がある
1つの机には正方形の中心に向けて椅子が配置されており、6人ぐらいがその机を囲んで座らされる
そしてもう1つの机にはババアが1人 だだっ広い机に単独のババア
なにか机に紙を置いて作業をしている風だが、明らかにこちらをチラチラ見てくる
JR東海は受かりたかったので、もちろん事前に面接試験についても予習をしていた この薄気味の悪い女は「コミュ力審査官」である
このクソ企業、待合室にいる間の様子でも点数をつけるらしい
そもそも、面接前の待合室の様子=普段の様子 なわけもないし、そんなもの評価すんなよと思いながら、必死に場を回した 最悪な時間であった
そして選考が進むにつれてもう1つ、薄気味の悪い現象が起き始める
周りの人間が、黒くなっていくのである
なんでこんなに黒いんだと思い、一番黒い奴に話を聞く「いま選考どこまでいってる?」
黒ければ黒いほど、先の選考へ進んでいるという答えが返ってきて愕然とした
この企業は明らかにメラニン色素の含有量で採用者を選んでいるではないか 超体育会系企業とは聞いていたけど、、、そうなると俺は、、、
当然のごとくその日の選考で落とされた
俺が無能なわけがないので、メラニン色素の含有量さえ増やしていれば今頃新幹線を運転できていたんだろうなあと思うことがある
面接官「あなたの座右の銘はなんですか?」
みのもんた「朝はズバズバ 夜はズボズボ ですかね」
面接官「明日から新幹線を運転してください。」
面接官「あなたの座右の銘はなんですか?」
鈴木その子「やせたい人は食べなさい です」
面接官「なにか、打ち込んだことは?」
鈴木その子「食事法の研究を進め、食に関する悩みをお持ちの方に対して、その解決方法を提示できたと思っております。食事法に関する本も出版しております。」
面接官「わかりました。不採用です。」
鈴木その子が新幹線を運転する日
きっと世界はもっと やさしさにつつまれる