沖縄に行ったとき、久々に海で泳いでビックリするくらい前に進めなかったことがある
裸一貫の生身では大きな流れに対しあまりにも無力であることを知った
だから船を持つ必要がある しかし
29歳の私は未だに船を持たずに海パンで生活していた
それでもふらりふらりと問題なく生活できていたのであるが、徐々に私を取り巻く大きな流れはカオスをやめ、規則正しいコスモスとなり、まっすぐ瀬戸内海を貫いた
会社には抵抗したが、沖縄の海と同じであった
情けないことにこのとき29歳にして初めて船を持つ必要を知ることとなった
船を持たなければ流れをコントロールできない
ここでいう”流れ”というのは、自分にとっては文字通りの”流れ”であり、意図せず自分の座標が動いてしまうことを指す
この”座標”というのも文字通りであり、自分が主に生きていく場所のことを指している
自分にとって居住地選択というのは死活問題であった
住む場所へのこだわりがめちゃくちゃ強いのである
そんなことはわかっていたが、実際に溺れてはじめてその恐怖にとらわれることとなった
今回は高松に2年間
全く住むことに抵抗のない街であり、むしろ素晴らしい場所なので嫌な感じはしないが、東京を筆頭に住みたくない場所というのはたくさん存在する
今回はよいが、今度はそんな街に飛ばされるのではないか
とても不幸なことに日本三大都市は札幌大阪博多ではなく東京名古屋大阪であり、弊社もそこに拠点がある
東京も名古屋も心底堪忍願いたいので、この2年間でイカダくらいのなにか水に浮かぶものは作りたいなと思う
同棲やら結婚やらいろんなことを考えていた矢先だったので、いくら高松という素晴らしい街とはいえ、ちょべりばが過ぎる
穏やかな瀬戸内の海とは違って、波乱が色々待ってるんだろうなあと思う
さてそうなると中崎町ともお別れをしなくてはならなくなる
中崎に住み始めたのは2021年の1月ごろなのでもう4年ほどになる
最近は忙しさを理由に全然お店巡りもできておらず、2年前くらいが1番このへんをブラブラと巡っていた気がする
物件選びの段階からこの街か谷六かに住みたいと思っており(その2択でなんとなく共通点がわかる人は多分趣味が合う)、以下の記事にもあるように友人たちとの不動産屋巡りの結果中崎町に住むことができた
まちづくりの分野で尊敬する大阪ガスの山納氏のトークイベントの際に「住んで面白い街の共通点ってありますか」と質問したことがある
答えは「住民が自分の街のことを愛している街」というものだった
中崎町はまさにそういう場所であったように思う
まずこれは良い街であるための最低条件である
当然自分も熱い中崎町愛を持っている

その愛に至る中崎町の良さとはなんだろうか、と考える
まずは建物だろうと思う 長屋がめちゃくちゃ残っている
これはたまたま空襲を逃れたからであり、国土地理院の1945年〜1950年撮影の空中写真を見ると、空襲により空き地となっている南側に比べて中崎町周辺はしっかりと建物が残っているのがわかる

この長屋が今も残っているのである
古いものが残っている街にはやはり惹かれてしまう
流動性の高い街にアイデンティティなどあるのかという話を友人としたときに、「流動性が高いことそのものがアイデンティティなんじゃない?」と言われ、なるほどそれも素晴らしいなと思ったことがある

しかし一方で流動性の高い街にはあまり惹かれない
居座り続け、静かに沈殿する「なにか」がある街に触れていたいと思う

建物が古いということは家賃が安く、様々なお店が出店しやすくなる
これはJジェイコブズ「アメリカ大都市の死と生」で示されていたロジックであるが、中崎町というのはまさにそのような条件の街であったのではないかと思う

魅力的な個人店に溢れ、「大資本の匂い」がしない
それが日本第二の都市大阪の中心部梅田のすぐ横で成立しているのが本当に奇跡的に思う
個人店の中には飲食店も多く、もちろんお酒を出すお店もあちこちに点在する
しかし住んでいてその静かさに驚かされる

夜になるとしんと静まり返るが、ふらっとお店に入るとめっちゃ人がいたりする
映画「アイアムレジェンド」の昼間のゾンビみたいである
自分はどう考えても陽気なタイプではないので、この中崎町で生きている人々の「ひっそり感」がとても好きで、たまに驚くような経歴を持つ人もいるが、自分からそれをひけらかすこともない

そしてそれらの建物また人をつなぐ「道」がまた愛おしい
大阪市のHPで道路情報が見れるが、中崎町周辺は緑色の道路が多く、これは4m未満の幅員の狭い道路を表している
(今は幅員4m以上の道路に接していないと建物を建てることができないが、昔は狭い道路も多く、救済措置として既に建物が立っている場合は4m未満でも道路として認定することになっている)

それらの狭い道路はさらに不規則にうねうねと曲がっており、自分も住んですぐは中崎町で迷子になりまくっていた

この整然とタテヨコに敷き詰められた中央区周辺の道路状況を見ると中崎町周辺との違いが際立つ
そしてこの地図において異彩を放つ緑色のエリア、これこそが谷町六丁目である

つまり中崎町は建物も道路も人も雰囲気も
ハードもソフトも愛しているのである
なかなかこんな街に出会えることはない

さて本題である
そんな中崎町から私は去らなければいけない
では誰がこの街を守るのだろうか
守る とはなにか
そう、この街には脅威が存在する
それが中崎町が隣接する2つの地域からの侵攻である

まず西側からは巨大資本を持った梅田衆が攻めてくる
彼らはとにかくマネーの力で全てを平伏させる
彼らが侵攻し、中崎町の家賃が高騰すればのほほんと商売をしていた個人店はやっていけなくなるのではないか
そして東側からは圧倒的武力を持った天満衆がこちらを睨んでいる
彼らは獰猛なパワーと強烈な繁殖力を持って、人海戦術で攻め落としにかかる
天満で金曜の晩に彷徨いている男の8割は自衛隊か消防士だというので、彼らに本気で攻め込まれるとひとたまりもない
加えて、彼らの特徴は「天満に住んでいる人間などほとんどいない」ということである
つまり遊牧民的性質をもっていて、極論戦闘状態になり天満の街が焼き尽くされようと彼らはどうということがないのである
彼らはとりあえず天満に集まるが、別に天満が好きではないので、天満ではしばしば内輪揉めが起こり死人が出る
死人が男だった場合、その睾丸は切り取られ隣のキッズプラザのボールサーカスの球に用いられるらしい

さてそんな緊張状態にある中崎町であるが、一応いまは停戦協定が結ばれており、梅田衆は東海道線と環状線の高架、天満衆は堺筋から中崎側には立ち入れないようになっている


それでも最近、梅田衆の醸し出す「資本の匂い」、また天満衆が放つ「血肉の匂い」がうっすらと中崎町でもするようになってきた
じわじわと圧力を受けているのを感じる

これは中崎町おいでやす通りの天満寄り
上の細長い看板にはカタカナが
最近はとりあえずカタカナを使う店が増えすぎてるし、この長いのれんのお店も最近多い
天満周辺だけでも3軒は見た
そう、天満衆の支援を受けているであろう店はとにかく流行の色が見える
流れに乗っているな とは思うものの、これが5年後残っているとは思えない
そもそもカタカナの光る看板はムラサキスポーツと毎回間違えるので本当にやめてほしい

この前、カタカナが光っていたのでムラサキスポーツだと思い入店し購入したいスキーブーツの足のサイズを店員に伝えたら居酒屋だったことがある
逆にムラサキスポーツの店員に「黒霧ソーダで」とか頼む奴もいるはずでムラサキスポーツの店員が不憫で仕方ない
このおいでやす通りは堺筋を超えているので、天満衆が出店することは停戦協定に違反しているのであるが、最近はおいでやす通りにも「天満っぽい」、流行に乗ったお店がいくつか出てきた
去年は不意においでやす通りすら通り抜けて都島通りにめちゃくちゃ天満なお店が出店したのには驚いた

案の定出店直後はさっそく中崎民の集中砲火に遭っており笑ったし、実際マジでうるさかった
最近は落ち着いてきており、ちょっとだけ街に馴染んだ感じもある
一方梅田の方からも、インバウンドの増加に合わせた形か、明らかなインバウンド向けスイーツのお店が中崎町のカフェ集積地帯に出店していたり、こちらもきな臭くなってきている
天満衆の店が「とりあえずの流行に乗った持続可能性のない店」であるならば、梅田衆の店は「きちんと作戦を練って稼げるように作った持続可能性のない店」とでもいえようか

長屋も魔改造されだして、ただのおしゃれ背景と化してきている
結局なにが言いたいかというと、「文化のない」店が増えてほしくないなあと
それっぽく作ったレトロ、元の建築を活かさない景観破壊な改装 などなど
脈略なくキンチョーの古い看板貼ってなにがしたいの

しかし、私は中崎町を去るのです
もう陥落の日も近いのかもしれません
中崎町という地名もそのうち忘れ去られ、中崎町駅は「東梅田東方駅」とかになります
西中島南方みたいに
この前、札幌に古くから残っていた飲み屋街が再開発されマンションになるというドキュメンタリーで、飲み屋の常連のおっさんが「色気のない再開発だね」とつぶやいていた
この言葉がすごく残っていて、まさに中崎町は色気のある魅惑的な場所だなと思う
願わくばちょっと低めの流動性を保ち、地に足のついた街であってほしいなと願うばかり
まあ全部自分の願望でしかないけどね
自分が乗り込むローカル線の車両は人がスカスカでいてほしいけど潰れてほしくないし、応援する野球チームは勝ってほしいけど優勝しすぎると冷めちゃう
ミクロとマクロ、それぞれの視点はよく相反する望みを持ってしまう
中崎町への願望もそうなのかもしれない
ただ時間的マクロの視点はあっても地理的マクロの視点、つまり”梅田圏の中の中崎町”みたいな視点はそもそも持ちたくないし、それに抗う街であってほしい
それじゃ またね
ごめんね 中崎町
↑譜面に書き込まれた字の念が強すぎて怖い
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