なおやんの 手記手記 しゅっき〜

なおやんの 手記手記 しゅっき~

タメになった ねえ〜

ブログタイトル

京阪シティモールにおけるdiminuendo的な巡り方

 

【diminuendo】

次第に弱めるの意。dim.またはdimin.と略す。デクレッシェンドdecrescendo(略してdecresc.)に同じ。クレッシェンドの対。

 

ブレーキ

昔、吉野川遊園地というものがあった

2011年に閉まったのだけれど

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Wikipediaより

とにもかくにも来園客が少なすぎて、ひとりの係員が複数のアトラクションを担当していて「おっちゃんはよこっちきて!」などと係員を急かしてしまうことも多々

メリーゴーランドの馬の上にはキティちゃんを始めとする様々なぬいぐるみが乗せられており、メリーゴーランドの乗車率の低さがなんとかごまかされていた

 

そんな吉野川遊園地で唯一といっていいほど待ち時間が生じる大人気アトラクションがゴーカートであった

遊園地のゴーカートのコース設定には様々なバリエーションがあり

1.レールがあらかじめ引いてあって、加減速はできるもののコースから外れることはできない

2.コースの上を自由に走れるが、コースが狭すぎてほぼ裁量権がない(下図参照)

3.幅員の広いコースを自由に走行可能

の、だいたい3パターンになり、吉野川遊園地は3であった

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相模湖プレジャーフォレストで乗ったやつ これは2

当時小学生であり、周りにも同じような年代の男児がごろごろ

ここのゴーカートの恐ろしいところは、2台が同じタイミングでスタートすることである

当然どちらが速いかのバトルになるし、ひどいときには煽り運転、ぶつけ合い、罵詈雑言の応酬に発展する

このゴーカートで俺は最強であった

小学生にしてそのハンドルさばきはアイルトンセナを連想させるような腕前であり、奈良県民にして吉野川遊園地で天下を取ってしまっていた

 

このコースは曲線が多いことから、全速力で突っ込むとカーブで曲がりきれなかったり遠回りをしてしまったりする

なので、重要になってくるのがブレーキさばきであった

正しくはハンドルさばきではなくブレーキさばきが上手かったのである

 

大人になり、それが証明されてしまった

自分は車の運転が下手であった

車庫入れとか本当にできない

吉野川遊園地で天下を取ったのは、やはりハンドルさばきによるものではなかった

 

この事実は受け入れがたいものであったが、徐々に自分でも実力がわかるにつれ受け入れざるを得ないものになった

そうなると自分の得意分野は何であろうか ブレーキである

 

ブレーキのコツは簡単で、こんなものもしかしたら全員が実践しているのかもしれない

”徐々に弱める”

これのみ

 

最初に、衝撃が生じないようにきゅーーっと柔らかくブレーキペダルを踏み込み、ある程度奥まで踏み込んだらそれより奥には極力いかないように

信号の停止線などの停止位置に向けて徐々にブレーキペダルを緩め、最後の止まる瞬間もなるべく踏み込まないようにする

この最後の瞬間については踏み込んでしまう人が大半に思われるけれども、ここを絶妙な足さばきでこらえると”止まった瞬間がわからない”ような停車が可能となる

 

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diminuendo的な行動

最初に厳しく絞り、徐々に緩める

これは様々な事象に応用できる

 

例えばひとり暮らしを始める際の物件探し

最初はなるべく厳しい条件で探してみる

品川駅から徒歩10分以内 家賃5万円以下 セパレート 25平米以上 築10年以内

こんな条件であるわけがないので、次は妥協可能なところを緩める

次も好物件が無ければ他の点を緩める・・・を繰り返す

 

こういった、ある対象に対して徐々に条件を緩めることによって良い条件を選び出すという行為は無意識的に誰しもが行うことである

 

京阪シティモールの場合

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京阪シティモールの最もよい巡り方とはなにであろうか

おそらく最も良いのは、500円玉を握りしめMB階へ行き京阪電車に乗り込み出町柳へ行き鴨川デルタで惣菜パンを食べることである

 

ただ今日は、仕事の簡単な資料を持ち運べるようなトートバッグと衣装をしまえるケースを手に入れにここへ来た

出町柳へ行くわけにはいかない

 

 

とりあえずなにも考えずにエスカレーターに乗ると4階の無印良品が目に入る

ここにありそうなので探す

 

トートーバッグが微妙なのしかないので、衣装ケースだけ購入

無印良品はどの商品が割引かそうじゃないのかがわかりにくく、1,000円だと思って購入したら2,500円もして泣きそうになった

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こんなやつ(無印良品HPより)



なんとなく時間が余ったので本屋に行こうかなと思い、7階を目指してエスカレーターを上る

すると次の5階にはニトリがあった

 

嫌な予感がする

行かないほうがいいのに足を運んでしまう

 

 

あった

やっぱりあった

格安衣装ケース

1,000円くらいで売られていた

 

無印は機能的ではあるけど決して安い商品を売ってくれるわけではない

最初からここに来ていれば・・・と思い、少しフロアをうろつくと、机の上に置く用のリモコン入れを発見

そういえば家にこういうのなかったな あったら便利かな と思い、400円で購入

 

そしてまたニトリを出て上りエスカレーターへ

エスカレーターの先にピンク色の内装が見えてきたとき、思わず声が出ていた

そこには”ダイソー”があった

 

もう駆け出していた

そんなこと確認してなにになるのか 自分を貶めたいのか

しかし足は止まらない 視野もいつもよりクリアな気がする

当然のごとく見つける リモコン入れ110円

しかし足は次の獲物を捉えに床を蹴っている

衣装ケースが視界に入ったとき、俺はもう泣き出していた

 

 

普段出来ている行動がなぜここで出来なかったのか

京阪シティモールに浮足立っていたのか

当然ながらこの京阪シティモールにおいても、diminuendo的な行動を心がけるべきであったのだ

 

フロアマップを見た時点で、最初の強いブレーキをかけるにはまずダイソーに行くべきであると見極めなければならなかった

そうなるとダイソーニトリ→無印の順番となり、まずエレベーターで6階へ行ってしまってからエスカレーターで下るというのが正解であることがわかる

 

ただ、民衆が皆そのような行動パターンに則り、まずダイソーに足を運んでしまっては消費行動が抑制されてしまうのではないかと思う

自分の利益を考えたときにはdiminuendo的な行動が最適とされるが、社会全体、日本経済のことを考えたときにはそうとも限らないのかもしれない

 

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200円か300円程度で済んだ買い物に3,000円弱突っ込んでしまった

こうやって無印良品の紙袋の持ち手の部分で指をうっ血させることで、吸い玉のような、血行改善が期待されるらしい

これは2,000円分くらいの価値があるはずである

diminuendoの指示を受けずとも弱りきった自分の脳内は、そのような正当化によってなんとか保たれることとなった

 

 

 

ファンであるなら文句を言ってはいけない? 〜フィロソフィーのダンスの方向性について〜 1/2

昨日の関ジャムに若手フュージョンバンド「DEZOLVE」が取り上げられていた

”アルバムで聴いて欲しい!J-POPの名盤”のうちの1つのアルバムとしてDEZOLVEの最新アルバムが紹介されたのである

地上波の番組でフュージョンバンドがフィーチャーされることなどこのご時世皆無に等しく、思わずテンションが上がってしまった

個人的にはその前のアルバムの方が楽曲の完成度が高いと思うけれども、そんなことはさておきこれは快挙であった

 

さて全く話が変わるけれども、人生でアイドルに一切興味がなかった自分が最近推すことになってしまったアイドルがいて、それが「フィロソフィーのダンス」(通称「フィロのス」)であった

 

このフィロのスとDEZOLVEは話としてつながるのであるが、これは後に回すこととして

 

フィロソフィーのダンスとは

フィロソフィーのダンスがヒャダインとの夢のコラボ楽曲「ドント・ストップ・ザ・ダンス 」で9月23日にメジャーデビュー!|株式会社ソニー・ミュージックレーベルズのプレスリリース

<Biography>
2015年、音楽的にはコンテンポラリーなファンク、R&B。歌詞には哲学的なメッセージ込めるというコンセプトの下、

数々の有名アーティストを発掘し世に送り出してきた加茂啓太郎プロデュースにより活動を開始。

アイドルの枠には収まらない高い音楽性と歌唱力で話題となる。

 

2017年には2ndアルバム「The Founder」収録の、

音楽の歴史を振り返ったポップでキャッチ―なダンスチューン「ダンス・ファウンダー」が

Spotifyのバイラル・チャートで女性アイドルとしては初の1位を2日間記録!

 

2018年にリリースされた「イッツ・マイ・ターン/ライブ・ライフ」が

オリコン・デイリー・チャート1位、ウィークリー・チャート7位を記録。

 

2019年には全国10か所、自身最大規模の全国ツアー「Glamorous 4 Tour」を完走。
デビュー前からテレビ朝日「フィロのス亭」をはじめ、

NHK「RAGAZZE!(ラガッツェ)~少女たちよ!~」での日本を代表する名だたるアイドルたちとの共演など、大型露出多数!

 

FUNK・SOUL・DISCOの名曲の香りをふんだんにまとった高クオリティな楽曲と

彼女たちのパフォーマンスは、数々の音楽ファンをうならせてきた。

 

そして2020年、満を持してソニー・ミュージックレーベルズよりメジャー・デビュー!
それぞれが独自の哲学で魅力をふりまく最強のベスト・フォーが、音楽業界に一石を投じる!

 (公式HPより)

 

会社の先輩に割と音楽に詳しい人がいて、その人に

「坂本くん、普段なに聴くの?」と聞かれたので

ジャズ・フュージョンやらユーミンやらの落ち着いたちょいダサミュージックが好きでして・・・

と伝えると、スッとオススメされたのがこのグループであった

 

「アイドルすか??」と、その場では疑問を呈してしまったけども帰って聴いてハマってしまった

アイドルといえばキラキラとしたエレクトロな感じや軽く弾む打ち込み音楽みたいなものを想像してしまうけども、このグループは違った

 

まずアイドルながら”バンドありき”のサウンドが画期的であった

そしてバンドと対等な存在として歌い手が存在し、それでもって4人ともまた個性豊かな声質と歌い方をするのである

 


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そして音楽性も好みを突いてきた

ジャズ、ファンク、R&B、シティポップ等々 様々な音楽がセンス良くまとめられ、アルバムに散りばめられている

 

ちなみにどうでもいいけど上で貼った「ヒューリスティックシティ」はRippingtonsの「Tourist in Paradise」、「ライブライフ」は「IndianSummer」を連想させる

つまりどちらもめちゃくちゃ好み

 


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このフィロのスの音楽性を担っていたのが、ほぼ全曲を作曲していた宮野弦士氏であった

彼のブログを読むとアルバムの曲解説というものがあり、それぞれの曲がどういった音楽やアーティストから着想を得ているか(完全にオマージュされた部分なんかも曲に混ざってる)、 サウンドや構成での工夫等が細かに書かれており、これを読むだけでめちゃくちゃ面白い

なにせ膨大な音楽の知識を有しているのがわかるし、彼抜きにしてはフィロのスは成り立たないことがわかる

失礼を承知で言ってしまうと、フィロのスに惚れたのではなく宮野弦士に惚れたのかもしれない

 

 

ご対面

勧められて3ヶ月後、俺はライブ会場にいた

生まれて初めてアイドルのライブに来てしまった

 

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平日の18時開始のライブなのにスーツを着ているのは自分だけ

もしかしてみんなきちんと有給を取っているのだろうか

それがマナーなのだろうか

などと、開演前は非常に肩身が狭い思いであった

 

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このライブに足を運ぶ決め手になったのが、このライブはバンドセットをつけて行われるというところであった

ちょっと見えにくいけど奥にキーボードやらギターやらが置いてある

ギター兼バンドリーダーは前述した宮野氏が務めるので、憧れの宮野氏にも会えるのであった

 

 

”生バンドとともに歌って踊るアイドル”

 

フィロのスの音楽性はもちろん好きであったが、これはもはや好みとか一旦置いといてアイドルとバンドとの共演というのは人生経験として目に焼け付けたいと思ってしまった

 

 

ライブが始まると、マルクス的には搾取される側である立場の服装であることは一旦忘れて、周りと一緒に絶叫した

楽しい

アイドルのライブはこんなに楽しいのかと思った

 

ただ、フィロのスに限っては密集して叫ぶよりも、1人あたり1㎡の面積が確保されたうえで曲に合わせて自由に体を動かしたい気分にもなる

ソーシャルディスタンスが謳われる現在こそ、客にきちんと私有地を与えた上で踊れるライブというものを開催してみたらどうかなんて思う

 

そしてこのライブで最も感動した瞬間、それこそ自分がこのグループに求めるものであった

それは4人が前面に出て歌っているようなシーンではなく、”アイムアフタータイム”という曲の「イントロ」であった

 


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宮野氏のカッティングに、ベースの千ヶ崎氏が複雑な音の動きを軽やかにこなす

そしてその前で美しい女の子4人組がキレキレのダンスを披露する

このアイムアフタータイムのイントロで俺は完全にやられてしまった

俺が思い描いた桃源郷の景色が目の前に広がっていた

 

 

この日は家に帰ってからも夢見心地

 

すごいものを観たという高揚感

そしてこのグループはおそらく今後も様々な音楽を聴かせてくれるしそれにリアルタイムで立ち会うことができるという幸福感

  

この昂ぶった感情はいつまでも続くものだと思っていました

 

しかし・・・

 

 

2020年6月、宮野弦士がフィロのスのサポートから退くとのニュースが入ったのであります

 

 

 

つづく

 

最近のメモ

赤信号の残りカウントについて

この前、平日になんばで飲み会があった

自分は一旦家に帰って着替えてから飲み会に行きたいタイプなので、いそいそと家へ帰ってたらもう飲み会はスタートしてると連絡がきて焦る

慌てて地下鉄に飛び乗りなんばで降り、店まであと50mとなった地点にあったのが、このカウント式信号機であった

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Google画像検索より

 

残りメーターは5くらいで、早く飲み会会場へたどり着きたい俺は苛立ちから試合前のヴァンダレイ・シウバのごとく手首をクルクルと回転させ始める

 

格中 -Fighting Addict-: UFCJapan2013 感想と分析part2 シウバvsスタン

 

やっとのことでメーターが残り1になり、体が否応なしに前傾姿勢になり始めたのだが、ここからなかなか青信号へ切り替わらないのである

残りカウントが1になったことによる期待と焦りによるものかもしれないが、それまでのカウントよりも1カウントあたりの時間が長かった気すらする

これは一体なんなのだろうか 信号の待ち時間すらエンターテインメントに変えたいというオリエンタルランド気取りの設計者がいたのか

実際に残りカウント1で”タメ”を作られたせいで、青信号に変わったときに自分を含めた周りの人間は高揚感に満ちた顔で異常なスピードにて歩きだしていたし、こんな単純機械の数秒のタメに弄ばれる愚民が悲しくなった

 

信号機のカウントはどうあるべきか

むしろ、徐々に1カウントあたりの時間は減衰させていってもいい気がする

残りカウント1なんて2秒くらいでいいのでは

ただ、そうなった場合、せっかちな関西人のことだからもうカウント残り3くらいから前傾姿勢になっている気がするので、これも安全上よろしくないのだろうか

 

なんにせよ、自分の中に確固とした時間の軸があればこんな信号ごときに惑わされなかったので、今後は強く生きようと思った

 

 

CMソングのジレンマ


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久石譲のSummerは名曲だということには多くの日本人が首を縦に振ると思う

自分の子どもには、この曲を聴いて感傷的な気分になれるように高校生になるまでスマホは与えたくないと思う

中学3年まではとにかく外へ出て、善悪の判断や様々な感性を身をもって感じるべきである

この曲は五感全てに「ステレオタイプな日本の夏」を訴えかける

スマホで養われた乏しい感性でこの曲を受け止めることはできないのである

 

ただ、恥ずかしながら、自分がこの曲を初めて聴いたのはトヨタカローラのCMなのであった

 


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この曲を聴くと、日本の夏を感じるとともに、10%くらいはカローラを思い浮かべてしまうのである

その意味で、この曲をCMソングに採用したトヨタを少し恨んでいる

 

同じく、SuchmosのSTAYTUNEを聴けばホンダのヴェゼルがお台場を駆け抜けるし、くるりのJubileeを聴けば菅野美穂チオビタ片手に微笑んでくる

最初に聴いたのがCM上であれば、嫌でもCMのイメージに引っ張られてしまうのである

 

ただ、良い曲であるからこそCMソングに選ばれたわけであり、駄曲であればそもそも採用されない

良い曲であればあるほどCMに抜擢されてしまう

そしてCMのイメージが大衆の頭にこびりついてしまう

これがCMソングのジレンマである

 

自分が売れないアーティストだったとして、やっと書き上げた渾身の一曲に「東京上野クリニック」からオファーがきたらどうしようかと思う

一応全国的に放送されるCMであるので、名は売れるし、この曲はヒットするかもしれない

しかしヒットしたところで、大衆の頭には「ほうけいのうた」として認知されてしまうのである 俺の 渾身の一曲が

 

アーティストももしかしたらCMソングのジレンマに苦しんでいるのかもしれない

 

 

地元の看板

春なので「桜を見においで」と地元に友達を呼んだ

 

f:id:buffaloes24:20210415113126j:plain地元というのは自己が拡大化された象徴であり、そこに遠方の友人を呼べるというのは承認欲求すら満たされる非常に嬉しいことである

 

吉野山へ行く前に、うちの実家の近所に素晴らしい廃墟があるから案内した

ほんとにもうすぐ崩壊しそうな、普通に危険な廃墟

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その道中の商店街にあったのがこの看板であった

 

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俺は何事もなく通り過ぎようとするが、友人たちは看板を見上げ、立ち止まる

 

「犯罪者の放火への欲望って街側がコントロールできるものじゃなくない?笑」

 

静岡の磐田出身の友人が変な標準語とイントネーションでつぶやく

 

あれもしかして馬鹿にされてる?

 

20年間近くこの街で過ごし、この看板の文言は至極当然のものであると思っていた

放火されない というのは街が街として成り立つ上での最低条件であると

 

お前らの街かって燃えたら終わりやど!

俺は精一杯反論するが相手にされない

 

そう、この看板 ちょっとズレているらしい

地域活性には外部の人間が必要であるという意味が改めてわかった気がする

模範的町民の1人である自分はこんな看板の違和感にすら気付かず20年間生きていた

確かに、放火を防ぐため住民側が主体的にすべきことなんて何も思いつかないのである

ただ性善説への執着あるのみ といったところだろうか

 

いま地元では地域おこし協力隊を卒業した、愛知の方が今年の4月からゲストハウスを開業しました

彼はこの街の色々な違和感に気付くと思います

大淀町民各位 彼に着いていきましょう

寄稿「私は宇宙人に記憶を消された」

ブログのネタが思いつかなくなったら寄稿に限る

今日は高校の部活の友人より、宇宙人に記憶を消された話

実は寄稿でもなんでもなく、面白かったからパクらせてもらっただけ

彼女には、あなたもブログを初めてくださいと何度も懇願している

壮大な陰謀論を含んだ恐ろしい話なのに日常を切り取ったエッセイ風の文体なのが阿呆らしくていいなとおもう

 

 

”先日、ふとなにかこの世の真理のようなことが急に分かったけど、それはもう二度と思い出せなかった。おそらく私がそのことについて証拠を残す前に何者かによって抹消されてしまったのだ。
この世の真理なんかが分かってしまうと、都合の悪いことがたくさん浮き彫りになってみんながこの世から逃亡してしまうから。そんなことはさせられないと何者かが私の脳に勝手に忍び込んで記憶を消したらしい。

 

私は宇宙人に記憶を消されたこともある。あれは大学生の頃、バイトに車で向かっているところ、正面の空に2つの白い物体が微動だにせず浮かんでいるのを見た。私はUFOだと思った。恐ろしい。あんなに堂々と現れてもいいものか。これはメディアに言うべきなのでは?他の人にもこれが見えているのか?バイト先の人に確認しよう。記憶はここまで。
このことを思い出すのはおよそ1年後となる。最初は以前こんな夢を見たような気がするといった感覚であり、次第に自分が実際に体験したことだと確信を持てるほどにリアルに思い出した。
絶対に宇宙人に記憶を操作された。私は悔しくなった。

 

私の実体験からすると記憶抹消の効果は1年間らしい。ただし、これは宇宙人による記憶操作であり、今回のこの世の真理に関しては、誰の手によるものか検討もつかない。きっと何年後かに思い出せると信じている。”

 

 

記憶の喪失というのは恐ろしいものであり、奥深いテーマである

それはいとも簡単に日常を崩壊させる現象であるにも関わらず、完全に非日常の世界に佇んでいるわけでもない

 

ちなみに自分は酒に酔って記憶を無くしたことはない

もともとそんなに飲むような人間ではない上に、記憶を無くすことへの恐怖心があるのもその要因かもしれない

 

 

 

さて記憶の喪失について考える上で、面白い話がある

「5億年ボタン」という話である

 

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話を要約すると、

金欠に悩む主人公に、「一瞬で100万円を稼げるバイトがある」と、あるボタンが差し出される

これを押すと

①何もない異空間に飛ばされ、眠る事も出来ない不老不死となり5億年過ごす
②その後、ボタンを押した瞬間に戻される
③5億年間の記憶が消される
④報酬として100万円が手に入る

 

主人公は金に目がくらんで押してしまうが、地獄の5億年を過ごす

そして5億年耐え抜くと、その5億年分の記憶は全て消去されるので、主人公は本当になにもせず100万円が入ったと思い込み、ボタンを連打してしまうというオチ

 

 

この話を読んだときに当然湧き上がる疑問が、「自分ならこのボタンを押すだろうか」というものである

いくら100万円をもらえるからといって5億年なにもない空間で過ごせるだろうか

 

いやいや、5億年なんてとんでもないと思う人

はたまた、タダでもいいから身の安全が保証された空間で5億年ぼーっとしてみたいという人もいるかもしれない

ただ、直感的に考えたとき、このボタンは押さないと考える人がほとんどであると思われる

 

しかしもう少しだけ考えてみると、この議論をよりややこしくさせる要素に突き当たる

それは「主人公は現実に戻ったとき、5億年分の記憶が消える」ということである

記憶が消えるというのは、一体どういうことを示すのか

 

この世界の時間の進み方は以下の二通りあると言われている

・Chronos(クロノス)

・Kairos(カイロス

クロノスとは過去から未来へと一定速度・一定方向で機械的に流れる連続した時間であり、客観的な時間の流れ

カイロスとは人間の主観的な時間の流れを表すとされている

例えば、クロノスでは1時間の経過を示していても、カイロスではつまらない授業を受けている学生の1時間と、恋人とデートを楽しむ男の1時間では時間の流れの早さが違うものになる

ここで、先ほどの5億年ボタンについて、これらの視点から考えてみる 

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クロノス的時間もカイロス的時間も、ボタンを押して5億年を過ごした後に100万円を受け取っている

もちろん、時間の流れ方は両者で違っており、カイロス的時間での5億年は10億年くらいに引き伸ばされるのかもしれない

ただ、大まかな流れはどちらも同じようなものである

 

そして、ここに記憶喪失の要素を加えると

 

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このように、ボタンを押す、100万円を受け取る、の間に「5億年分の記憶が消える」といった新しい要素が加わる

これにより、クロノス的時間の5億年分に対応するカイロス的時間が消失してしまうのである

 

ここで重要なのは、この飛ばされたカイロス的時間の5億年をどのように扱うかということになる

意見の異なるAとBの考えを見てみる

 

A「記憶を消されても、5億年を体験して発狂する自分は確かに存在するのであり、ボタンは押したくない。ただ、記憶を消されることによりボタンを連打してしまうかもしれない可能性がある。そのような観点から記憶喪失を恐ろしいと感じる。また、5億年を体験したという記憶を無くしてしまうのも惜しい。」

 

B「消えた記憶に生きる自分はもはや別人格である。どうでも良い。論点は、ボタンの連打を親指の腹で地道に叩くのか、それとも爪でカチャカチャするかということである(下図参照)。」

 

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グーグル画像検索より 爪汚な

 

ちなみにBは俺の意見がそのまま反映されている

高橋名人くらいボタンを連打するのが正解であると考える

 

おそらくAの考えを持つ人の記憶喪失の考えはこうである

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まずなにかを体験し、その後それらの記憶の上に布を被せて”無かったこと”にするというものである

確かにこの考えだと、5億年を体験した自分は確かに存在することになる

 

 

ただ、自分は下図のように考えている

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これはもはや記憶喪失でもなんでもなく、”乗っ取られ”

そもそも、自分の体が自分のものであるなんて傲慢な考えなのである

日本の人口動態や経済状況の変化により進むシェアリングエコノミーの波の中、どうして自分の体においてもそれと似た状況が発生していると気付かないのであろうか

社会主義国家の土地所有制度のごとく、我々の体もなにか巨大な組織に支配されているのである

 

そう考えると、5億年ボタンなんてものは他人が5億年の苦しみを味わっているだけで自分は何も苦しまずに100万円がもらえるので、これは押さないわけがないのである

 

この考えで冒頭の寄稿文に戻ると、彼女は記憶を失ったのではなく、その時間に別人格に切り替わったのだと思われる

宇宙人と接触する用のアカウントが呼び出されたのかもしれない

1年後に不意に思い出したのは、何かのトリガーにより別人格の記憶が一瞬作用したのではないか

”彼女の人格”としては、UFOも見ていないし宇宙人には会っていないのかもしれない

 

 

以上のように記憶喪失というのは恐ろしい現象である

お酒飲みすぎて記憶失くしちゃった〜と若干の自慢を帯びたその言葉の裏ではとんでもないことが起こっているに違いない

そのままの人格には到底見せることができない、身の毛もよだつようなことが

 

 

大阪の京橋でいつものように飲み倒すあなた

そして記憶を失う0コンマ数秒前に視界の隅を横切った、京橋地区に10万人くらいいそうな髭面の汚い老翁

 

それは、死んだはずのサダム・フセイン閣下であったのかもしれない

 

谷町線雑記

四天王寺前夕陽ヶ丘

昨日は四天王寺前夕陽ヶ丘

友達が天王寺でちょっと暇らしいのでこのへんでランチをすることに

天王寺あたりで店を見つけれたらよかったんやけれどもどうせ天王寺周辺に大した店もないし四天王寺前夕陽ヶ丘へ行ってみることに

 

初めて降りる駅は興奮するもので、駅前はどんな感じかなと思って見てみるとなんとも賑わっていてビックリ

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それも若者だけ老人だけなんて感じでもなく老若男女が混ざり合ってて活気があった

 

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目当てのカレー屋さんにもズラリ

 

 

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この通りが特に賑わってて、路上でちょっとした野菜や食器とかを売ってたり、ちょっとしたフリーマーケットみたいな感じでブラつくだけでも面白い

 

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四天王寺の中へ入るとここでもゴリッゴリの商いがかまされてて驚く

寺社の中でこんな自由な商売を許す四天王寺はんの懐の深さ

 

 

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あべのハルカスのミスマッチがなんとも面白い

 

 

 

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目当てのカレー屋「虹の仏」も名前の通り観念的な味がして神々しい気分になれて非常に満足

天王寺の近所にこんな面白い地域があったなんて全く知らず、やっぱり谷町線は推せるなあなんて思ったり

 

そしてそのまま天王寺

 

天王寺

最近、ウラ天王寺なるものがアツいらしい

今の再開発事業の前の天王寺を知る人間からすると、天王寺という街全てが裏社会のようなものなので、そもそも天王寺にオモテもクソもあるかといった感じなんやけれども、最近はそんな名称が誕生するほど整った街になったらしい

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おそらくウラ天王寺はJR天王寺の北側の上図の丸で囲ってあるあたりらしい

暇やしそのへんをブラついていると信じられないものに出くわした

 

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谷町界隈に少し詳しい人ならコトの重大性がわかるかもしれない

「スタンドそのだ」「台風飯店」

この2店舗は谷町六丁目で1番人気2番人気といってもいいくらいのツートップの店

それがウラ天王寺にできたのである!2店舗まとめて!

やったーマンモスうれぴ!

俺の胸中は歓喜に湧いていた!

 

と思うかもしれない

違う 俺はブチギレていた

 

これは例えるならば京都の大久保駐屯地をブチ壊してそこに古民家を並べて「小京都」を作るようなものだろうか

すぐそこに京都があるのにそんなものを作る必要があるか?そう思うのは当然のことである

 

それと同じで、こいつらは天王寺に「”小”谷町六丁目」を作ったのである

天王寺谷町六丁目谷町線で3駅の距離

そんなところに谷町六丁目を作ってどうするというのか

勝手にやっとれや そんなんやから天王寺はいつまでもしょうもない街なんやぞ

 

 

最近は中崎町の古着屋「森」が河原町に移転して、その跡地に100均ができて心底ゲンナリしたので、スタンドそのだと台風飯店が天王寺にできたのもその傷跡に塩を塗ってくるような感じになった

こんなことをしていては谷町線のブランドが落ちていく 堪忍してほしい

 

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ちなみに台風飯店の服を売っている「月台」はなぜか中崎町にあったけど谷六に移転してて、これはきちんと収まるべき場所に収まったなという感じ

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去年1回だけ着た台風飯店シャツと阿寺渓谷

 

帰りの電車にて

そんなウラ天王寺はさっさとあとにして電車に乗り込み、愛すべきマイタウン中崎町

 

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扉に花火が描かれて、床が紫の車両

天神祭をイメージしたらしい

床が紫なのもシャレオツ 俺も谷町線ユーザーになってから意図的に紫のものを身につけるようにしてる それはキショいな

 

 

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これも花火をイメージしたらしい

しかしこれは劇団四季が仕込んだ巧妙なサブリミナル効果

完全にライオンキング

 

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そんなライオンキングまがいの花火を見て想う

梅田エリアの素晴らしいところは、中心となるグランフロントやルクアの巨大ショッピングエリア、その東の古民家や長屋が並ぶ中崎町エリアに加えて、劇団四季ビルボードなどの文化的施設が西梅田エリアにあることではないか

どうか梅田周辺エリアは現在のブランド力を保ち続けてほしいものである

 

梅田を中心に、今後も谷町線が個性豊かな路線であることを願って

天王寺には特に期待していないので

 

 

 

夜行バスは世界と切り離されている

外へ

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あたしは今 プラザモータープールにいます

 

プラザモータープールとは、大阪の中津にある高速バス専用のバス乗り場

ここを利用するのは夜行バスを使うときくらいかな

そして幸いにも出張に夜行バスを使わされるようなブラック企業勤務ではないため、夜行バスに乗るということは旅行へとレッツラゴーすることを表す

旅行なんて人生で1番楽しいに決まっているので、前の日はただただ興奮して4時くらいまで寝付けないことすらしょっちゅうある

アホほど旅行へ出かけているにも関わらず

  

 

 

しかしプラザモータープールで迎える夜は違う

そこには気力で停滞感の漂う空間が広がっている

もちろん俺もその空気に呑み込まれる

お互いをお互いに「こいつ夜行バスなんて乗るんや 笑」と、細い目で蔑む

その軽蔑の根拠としてあるのが、夜行バスの待機スペースの劣悪な環境である

椅子などほとんど用意されず、ほとんどの人間は外で立ったまま待たされ、トイレは簡易式

こんな場所に乗り込んでくる交通機関は、裕福な人間を乗せるはずがないのである

 

そして、これが大事なことなのであるが、お互いをお互いに蔑んでいるということなので、当然その蔑視の対象となる集団に自分は含まれない

含まれないのである なぜそうなるのかはわからない

 

結果として、”自分は今から夜行バスに乗る しかし自分が夜行バスに乗るような人間と同じカテゴリに属しているはずがない” という、掴みどころのない矛盾に苦しめられる

 

もうこの時点で、自分が自分でないような感覚に襲われるのである

 

自分はそもそもどのような集団に属していたのか

世界と自分との関係はどうなっているのか

 

それでも自己を保とうと「こいつらええ歳こいて夜行バス乗っとるでよ 笑」と、ぐるりと辺りを見渡すと、一瞬自分の姿が視界の隅に写り込んだ気がした

ああ そうか 自分もこの集団の一部なのか と気付く

 

では今の俺の達観された視点はなんなのか

発狂するでよ

発狂するでよ 

 

 

こうして人格破綻の閾値を超えるか超えないかのタイミングでいつも夜行バスはやってくる

それでも救われるわけではない そもそもの原因はこいつなのである

 

 

夜とは海のようなものである

前職では電車の車掌をしていた

 

1月の終わり頃のある日、時刻は21時過ぎ

寒い日であった

当然の成り行きとして、車掌の俺は車内の暖房をつけてあげようとしていた

 

しかしなんということだろうか

前職鉄道のオンボロ車両は、暖房スイッチと車内電灯OFFスイッチが全く同じ形をして横に並んでいた

これは言い訳だろうか 言い訳だろうと思う 同じ形をしているから俺はミスをしたのだ と主張したいのだろうか

 

結論から言うと走行中の電車の電灯が全て消えた

光が失われた車内には、突然に、大量に、”夜”が流れ込んできた

俺が電灯OFFスイッチをポチッと押した瞬間に窓ガラスが粉々に割れ、夜の海が車内に押し寄せてきたのである

 

いきなりのことに乗客もさすがに周りをキョロキョロと見渡す

そして他の乗客の姿を認識する

それまでにももちろん視界には入っていたのだろうが、改めて互いの存在に気付く

夜の海に満たされた車内で視界にうつる他人

おそらくこのとき、互いに”受容”が発生したのではないかと思う

夜という圧倒的で巨大な空間に包まれた彼ら彼女らは、地球という母の羊水にプカプカと浮かぶだけの存在となり、無意識に同一母体への帰属を果たしたのである

 

「人類みな兄弟」

 

道徳の教科書に記された、ただの理想論だと思っていたその言葉が急に現実味を帯びる

そう、ついに彼ら彼女らは世界とつながったのだ

 

 

 

 

 

俺は詰所に戻るとA4の鉛筆を渡され、藁半紙に反省文を書かされた

腹立つから600人消しました

 

www.asahi.com

 

 

内へ

さて、夜の海をひた走る夜行バスであるが あるが

 

夜行バスに乗ったことのある貧民 愚民 世捨て人 阿呆 痴者 草の根 下水 汚水 共々ならわかるはずであるけれども、夜行バスの窓にはカチカチにカーテンが閉じられ、外の景色を見ることはできない

 

おのおのから世界の中心へと繋がっているへその緒は、このカーテンで完全に断ち切られる

バスを待っている時点で自我が身体から飛び出し心ここにあらずの乗客たちは、このカーテンによって世界との関係性を再構築する機会を失う

 

そしてバスに乗り込むと、外へ飛び出した自我が助走をつけ、今度は極端に自己の中心へと意識が向かうようになる

 

夜行バスの車内にて発生する様々なトラブルは、こうして自我が極度に体の軸にまとわりつくことにより発生する

要するに、自己中心的にならざるを得ないのである

 

例としてこれまでに隣の席へと乗り込んできた、自己中心的な人々を挙げる

きちんと例を挙げることができるほど夜行バスに乗っているが、決して夜行バスに乗るような貧民ではないので勘違いしないでほしい

 

太り客

いやもちろん避けられない病気とかで太ってしまっている人に対して文句は言ってはいけないのだけれども・・・

ただ、夜行バスに乗るようなやつは暴飲暴食が原因で太っているに違いないので言わせていただく

俺の座席のスペースにまで食い込んできている彼らが、なぜ俺と同じ運賃なのか

領土の半分程度が占領されていることもある

中華人民共和国に領土を実効支配される弱小国はこのような気持ちなのだろうか

為す術もない

金を払え 俺の運賃の半額を 払え

 

臭り客

極論、ここが他人など一切存在しない世界であると考えれば、お風呂なんて入る必要がないのかもしれない

そのような特殊条件にて生み出されるモンスターがこれである

1日中快活に動き回ったであろう体は、そのまま俺と密着するように横たえられる

人生で殺人を犯してしまうとしたらこの瞬間だろうと毎回思う

口呼吸をしようにも、なんとなく口呼吸の方が気味悪い気がしてきてどうしようもなくなってくる

為す術もない 金を払え

 

スマホいじり客

目に光が当たると本当に寝れないタイプなので堪忍してほしい

スマホをちまちまとイジられるだけでもキツいのに、たまに堂々とスマホで映画とか見出す奴がいる

そのとき横に座った外国人も、運の悪いことにスマホで映画を見始めた

腹が立つのでチラっと横を見ると、見たことのある宇宙服が見える

インターステラーであった なんということか 上映時間2時間49分

夜行バスにて映画を見てはならない しかし他国にて自国の映画を見る場合を除く などという不文律が存在するのだろうか

いつかこいつの故郷に行って夜行バスで7人の侍を見てやろうと思う 絶対に復讐する

 

ちなみに、当然自分も例に漏れず自己中心的になるので、よくやっている悪事を紹介すると、

・後ろの客に気付かれない程度に徐々に席を倒していく

という、姑息で卑しい行為をしています

 

これは2014年にオリックスバファローズを優勝目前の2位に躍進させた森脇監督が調子に乗って書いてしまった著書「微差は大差」のタイトルより参考にした考えであり、コソコソと領土侵犯するか、大胆にするか、また領土を横に侵すか縦に侵すか、の違いだけで、やっていることは太り客と同じようなことかもしれない

ちなみにこの本を書いた翌年、一点差で負けた試合が30試合以上にのぼり、悪い意味で「微差は大差」を体現し、森脇監督は途中退任するというギャグみたいなことになっているので、この言葉は人生の教訓にして良いようなものじゃないような気がする

 

移動感覚の消失

それ以外にも、カーテンによる遮断はネガティブなことを引き起こす

外が見えない、これは移動の感覚を失わせ、旅行の楽しみを奪っているのではないか、というものである

 

中川家のネタで、兄の剛がどこでもドアを開ける真似をし、「あーやっと関空かー」というボケをかまし、弟の礼二が「ラピートの分なくなっただけやんけ!」みたいなツッコミをする流れがある

 

さて、もしもどこでもドアが完成したとして、世界中のあらゆる地点に1秒で到達可能になった世界

これはなんともロマンがないと思う

遠方に行くにあたっては、関空までの手間は減らしたいけども関空からはきちんと飛行機に乗って飛び立ちたい気がする

 

これは自分だけの感覚かもしれないけれども、旅行中は常に自分の現在地を俯瞰して見ており、「これだけ移動した」というのが1つの達成感になっているところがある

外が見えないというのは、そのような移動の過程が見えなくなるも同然で、長時間拘束されるにも関わらず、どこでもドアで移動したような感覚に陥る

これではロマンがない上に、短時間での長距離移動というどこでもドアの利点すら失われることになる

世界との関係性がわからなくなるというところで先ほどの話と同じところがあるが、概念的な自我の話に対して、こちらは実際の地図上の話になるのでわかりやすいかもしれない

 

 

 

という、上記2点の夜行バスのダメな点

人々が自己中心的になること、移動の楽しみが奪われること

 

しかしこれらを凌駕する、目的地で朝から動けること、運賃が安いこと

これらのメリットに目がくらんで気がつけばチケットを買ってしまうのである

ぬくぬくとした家のソファでチケットを買い、実際に寒空の下でバスを待つ羽目になる瞬間にやっと後悔する、というのを何回も繰り返している

どうせこれからも幾度と乗ってしまうのだと思う

そこになんの楽しみもないのだけれども、なんやかんや目的地に着けてしまうからである

1回でも大幅な遅延や事故があればもう二度と乗らないのだと思う

その最後のセーフティネットを保ってくれている夜行バス関係者には感謝しているし今後も頑張っていただきたいです

 

 

インプット=具材?

2/26(金)文章

パソコンの前におっちんする

おっちんするって言わん?言うよな

おっちんしたわけよ

 

おっちんして ブログを書こうと思った

しかしおっちんしたはいいものの、手が全く動かない

テーマは決まっているのに

頑張って書き出したはいいものの、すぐに手が止まる

読み返しても腐るほど面白くない(普段からおもんないけど)

 

どうしたものかと思ってふと考える

そういやインプットをしていなかった

最近あまり本を読めていなかった

 

おそらく月ごとにブログに投稿した記事数と読了本数を比較すると相関関係がある

それくらい、本を読まないとなにも書けない

実際に相関関係を調べてみようと思い読書メーターを見に行くも、月ごとに何冊読んだかのグラフは生成されないみたい

これすらできずによく読書記録サイトを名乗れているなと思う

これくらい図太いメンタルで生きていきたいものである

 

まあ肌感覚としておそらくそういう相関はあったはずなので、おっちんはやめて一旦せっちんをし、じゃぶじゃぶタイムへ

 

ちなみに赤ちゃんに赤ちゃん言葉を教えたところでまたちゃんとした日本語を教え直さないといけないので、使わないほうが良いとされてるみたい

そうは言ってもかわいい赤ん坊には自然と赤ちゃん言葉使っちゃうよね

机上の空論やめな〜

長渕剛のファンは赤ちゃんに対してもおしっこのことを「小便」と呼ぶらしい)

 

 

さて、お風呂へ

ひとり暮らしを始めると電気代とかガス代とかが気になっちゃうもので、お風呂にお湯を貯めるのは極力控えとこうと思っていた

しかし、そういや実家じゃ家族の順番待ちもあって長風呂できなかったな〜と思うと、お湯を貯めてアホみたいに長風呂するのはひとり暮らしの特権ではないか?と、これまた思えてきた

故、最近はお湯を貯めている そしてここに本を持ち込む

これ以上の至福の時間はない

 

今日のお風呂のお供は、先週くらいから読み始めた、村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル 

 

不思議な世界観の本で、読み始めると止まらないほどの惹きつけ感はないものの、チビチビと読める本であった

残り100ページくらいだったので、風呂の中で読み切るのは難しいかな〜なんて思いながらそろりと読み始めたけれども、最後の最後に出てくる新キャラ「間宮中尉」の語りが凄まじかった

この本では登場人物が自分語りをするシーンが割とあるんやけれども、どのエピソードもめちゃくちゃで、最後にこの間宮中尉が大爆弾を投げつけてくる

時間も忘れるほど急激に惹き込まれ、結局100ページ超を読み終えてしまったところで気がつけば水温は35度

全身が気泡に包まれて大分の長湯温泉みたいになっていた

風呂を出て目に入った時計に、1時間以上入浴していたことを知らされた

 

2/27(土)音楽

高校時代の吹奏楽部の先輩で、高校卒業後音楽学校へ行き、現在ジャズミュージシャンをやっている人がいる

楽器はコントラバス

高2のときにその先輩に「これがジャコパストリアスや」と初めてジャコの曲(おそらくジャコパストリアスの肖像のどれか)を聴かされたけど高2の俺にはなんのこっちゃだった記憶がある

そして今改めてジャコパストリアスなんかを聴くと、高校時代にあの人はこの音楽に浸かってたんやなぁなんて畏敬の念を抱いてしまう

 

その先輩がライブに誘ってくださったので行かせてもらうことに

引っ越して時間ができたことで少し音楽の勉強をしようと思い、この間その先輩の家でコード理論について基礎的なことを学ばせてもらったので、音楽の勉強としても絶好の場だなと思い

 

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谷9のジャズライブハウス

地下鉄の出口までの通路にこんなところがあったなんて

 

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近くにはオツ看板


ちなみに全然関係ないけど谷町筋の好きなところは

谷町○丁目の○の部分を算用数字で書いても違和感がないところ

 

谷4 谷6 谷9

 

かわいい

 

その日の気分によって 谷四 谷六 とか、ちゃんと漢数字にしてみたり

 

蒲4 とかも一応巷では使われてるけども、全然ダメ

蒲と4が分離してる 一体感が全くない

谷9の”9”なんか”谷”のことが好きすぎてそのまま左に寄り掛かりそうに見える 見えない?

 

そしてライブが始まった

緊急事態宣言の発出によりビルボードライブで観る予定だったライブも2つなくなり、もう久しく生で音楽を聴いていなかったところなので、生の音楽を聴いているという行為にまず幸福を覚える

ジャズというのは正直イヤホンで聴く分にはなんのこっちゃであんまり普段から聴くものではないけれども、生で聴くとめちゃくちゃ面白い

そんな幸福な音楽を浴びていると、俄然音楽がしたくなってくる

目の前のプレイヤーの方々がカッコ良すぎるし、自分も「あちら側」に行きたくなってしまう

 

そんなこんなでライブはあっという間に終わり、余韻を残しつつ帰路へ

 

インプットの効果

さて今すらすらと文章を書いている 書けている

これは風呂で読んだ村上春樹のおかげである

 

ここで考えたい

この記事をアウトプットとする

例として調理済みの「料理」だと考える

そうしたとき、果たしてインプットはただの「具材」なのかということ

 

本を読まないと文章が書けない

これは、本を読んで日本語をインプットしないと、アウトプットとして文章が書けないということなのだろうか

当然そういう側面もあると思う 整った日本語に触れた直後はその影響も受けるはず

しかし、本など読まなくてもきちんと義務教育を受けさせてもらった人間であるので、日本語くらい書ける

つまり記事も書けるのである

 

ではどうして本を読まないと記事が書けないのか

アウトプットを肉じゃがとしたとき、インプットとして肉やジャガイモなどの「具材」だけをかき集めて肉じゃがが完成するだろうか

そこには生肉とカチカチのジャガイモが転がっているだけである(生肉が牛肉を指すのか豚肉を指すのかは別の議論)

 

 

インプットが果たす他の役割、それは「着火」ではないか

 

その着火方法は色々ある

村上春樹の文章や、高校の先輩の音楽から着火へと結びつく元の感情は、「羨望」が大きいだろうし、「嫉妬」なんてものも少し含まれているかもしれない

あまり良くない着火方法かもしれないけれども、これが仮に酷い文章(ルポ西成のような)を読んだとしたら、「俺の方がマシなんじゃないか?勝てるのでは??」なんていう「優越感」や、これまた「嫉妬」(なんでこんな文章が持て囃されるのか?俺のほうがマシでは?)が着火の原動力になるかもしれない

 

 

と、そんなことを考えた昨日と今日

別に深く考えなくても思いつくことではあるんやけれども、実体験として落とし込めたので

 

加えて、インプットにおける「着火」という面を引き出すためには、対象の物事に対して能動的に接し、”客席”から”ステージ”へと上がる覚悟がいるのだと思う

 

ずっと客席から音楽を聞いているだけでいいや と思うと、ただの具材集めで終わってしまうのかもしれない