なおやんの 手記手記 しゅっき〜

なおやんの 手記手記 しゅっき~

痛みに耐えて よく頑張った

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旅と天気と 玉川徹

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一周回れば川添佳穂に帰ってくるらしい

俺は一周したから川添佳穂にきちんとたどり着いた ただいま

 

川添佳穂とはおはよう朝日ですに出演している女子アナであり、パット見抜群にかわいいわけではないけど、ずっと見ているとこれは文化遺産だと思えてくるような価値が自然に見出される

ちなみに1番かわいいのはレアキャラのクソハゲ吉田で、正木のアニキが夏休みか病欠で消えない限り現れてくれない

 

時刻は8時目前 川添アナとの別れが1分後に迫っている

 

女子アナっていつ酒飲むんかな 夜に飲まれへんから白昼堂々と浴びるしかないんかな

そうなれば放送が終わったその足で渡辺橋とかでクイッといくんやろうか

渡辺橋においしい居酒屋なんかあるっけな 俺がいい居酒屋紹介してあげたい 一緒に飲みたい 川添アナと十三でジンギスカン食いたい

 

そんなことを考えつつ別れを・・・というのはあくまで文面上のことで、実際にはこの番組のラスト1分はがめつい関西人根性丸出しで、最後の1秒まで電波にしがみつき続ける

 

なにかセリフを言い終えて1秒の間があって次の番組へ なんて余裕を持った運びは滅多になく、だいたいはセリフの途中でぶった切られて次の番組に強制突入するような感じになる

 

今日もいつものように強制終了 吹奏楽で言えば、“処理が雑”といって指導者に矯正を促されるような そんなブツ切り音

 

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そんな適当な構成音をブーツで踏みつけるような、余裕綽々とした美しいバイオリンの音色が耳に届く 奏者は葉加瀬太郎

このバイオリンが聞こえてきたということは、1分後に画面右上に出るテロップは大方予想がつく 50%の確率で当てることができる 「中国・雲南省」か「中国・湖北省」のどちらかである

 

今日は湖北省にベットしてみようか ここ数日は雲南省が続いているのでそろそろ湖北省が来るはず

 

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右上のテロップには「中国・雲南省

外した また雲南省

 

画面には高速道路にて追い越し車線の車が走行車線を走る車の方へフラフラと寄っていき大クラッシュを起こす映像

煙がモクモクと立ち込め、逃げ惑う人々 車はきちんと皆が逃げ切ったのを確認したタイミングで礼儀正しく 爆発

 

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猫がカブトムシと戯れている 場面は家の中 おそらく飼い主がどこかで採ってきたであろうカブトムシにビビる飼い猫

ワイプでは羽鳥慎一が通り魔殺人のニュースを見るかのような険しい顔をしている これも一種の通り魔だと捉えているのか 思わず俺も険しい顔になる

 

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ふと我に帰る ああ 俺はモーニングバードを見ていたらしい 朝からなんてものを

ついつい川添佳穂に後ろ髪を引かれたままボーッとテレビ朝日を見てしまう癖があるせいで、800分からの2分間をドブに捨てることがよくある

葉加瀬太郎のバイオリンが聞こえた時点でチャンネルを変えなければいけないのだが、この音が妙に心地良くてそんなことを忘れてしまう

このバイオリンが聞こえるということは1分後に不幸な中国人が登場するということ これは心地の良いメロディーではなく中国人が不幸になるテーマである

葉加瀬太郎としても自分の楽曲が“中国人が不幸になるテーマ”と題されたら音楽家として発狂するに違いない こんな番組からは身を引くべきである

 

そして1分後には例外なく不幸な中国人が登場する ただでさえ事故を起こして不幸なのに加えて外国の報道番組において客集めの前座芸人をやらされてるなんて心から同情してしまう

この間も少し報道のことについて記事を書いたけど、これこそまさに「他人の不幸!!これめっちゃ面白くない!???」である

しかもタチの悪いことにこの不幸にはきちんと映像がついている 映像付きの不幸 しかもだいたい何かが爆発する

 

俺は昔から“爆発”への関心がすごかったらしく、“西村雅彦のさよなら20世紀”という、役目を終えた建物を爆発させるだけのヤバすぎる番組を毎週見てはのたうち回るほど興奮してたらしい

25歳の俺も、南北共同連絡事務所の爆発シーンを見たあとは興奮で眠れなかった やはり派手な爆発とかクラッシュとかいうのは人を惹きつけてしまう

 

日本人ですらない人間の不幸で視聴率を稼ぎやがってと思う一方、本能的にそれは見てしまう映像に成ってしまうのである

ちなみにここで弁明しておくと、中国という国に対して、共産党には非常に不快な感情を抱いていますが、国民に対してそんな感情は本当に無いです

 

 

さて、テレビ朝日以外のニュース番組はこの2分間何を流しているのか

もちろん、トップニュースを流している もちろんである 報道番組なのだから

諸外国で大々的なデモがあればそれを流し、著名人が亡くなればそれを弔い、大規模災害があれば速報としてそれを伝える

ひたすら雲南省湖北省のビデオ漁りをしている変態まがいのテレビ朝日とは違うのである

でも俺は結局、その変態が探り当てた裏ビデオを見て、こんなこと思ってはいけないとわかりつつ「よく見つけ出した!」と心で叫んでしまう

 

テレビ朝日、あなたは「抜け駆け」をしている

そんなことで注目を集めようとしてはいけない

 

そして8時半を過ぎるとコロナに関する過激報道によってもうひと山、目立とうとする

 

そこに良心の呵責は存在しない 誰か玉川徹をドブから引きずり出してやってほしい

 

 

しかし嘆かわしいことに、抜け駆けして過度に騒いで目立てばそれでいいと考えてるコンテンツはモーニングバードだけではなかった 前置きが長すぎた 雲南省とかどうでもいい

 

日常に侵食するモーニングバード

趣味の分野において、不確実性は排除すべきだろうか

これは趣味による としか言いようがない

 

例えば野球観戦においては、勝つか負けるかわからないという不確実性があるからこそ応援に熱が入る

100%勝つのがわかっている野球観戦なんて面白いはずがない

オリックスの試合が面白くないのは”弱いから”ではなく、90%の確率で負けるという”確実性”に起因するものかもしれない

 

そして自分の1番の趣味である旅行という分野における不確実性とはなにか

これは第一に“天候”だと思う

そしてこの不確実性については、極力排除してしまいたい

雨が降ってほしい場面、なんてのもそうそうないし、旅行者のほとんどは旅行当日に晴れてほしいと願っているに違いない

 

昔から、注射を終えて戻ってきた同級生に「痛かった??痛かった???」と聞き倒すような学童だったので、旅行前になると天気予報は毎日チェックしてしまう

どれだけチェックしたところで、結局当日に雨が降れば雨なのである 対策なんて傘を持っていくしかないし、晴れ予報でも折りたたみ傘は持っていくし、何が言いたいかというと天気予報なんて見たところで特に何の意味もない

でも見てしまう なにか精神的な拠り所が欲しいのだろうか

 

なので、割と色んなサイトの天気予報を見てきたし、だいたい傾向がつかめてきた気がする

今回槍玉に上げるのは、グーグル天気と日本気象協会である

 

Google天気

だいたいGoogle検索が最近ゴミすぎる

大学生のときは割と検索さえすればレポートに使えそうな情報は手に入った気がするけど、ここ2年くらいで急にゴミになった

まず勝手に検索ワードを打ち消すやつ 「山田邦子 顎 武器」で検索したら“武器”の部分は勝手に打ち消される 山田邦子の顎は軍事利用できるのか を検索しようとしても絶対に阻止されるのである

あと検索結果も異常に少ないときがあるし、調べ物をするときに情報量が少なすぎて困ることが多々ある

そんなGoogle検索において、「地域名 天気」で検索すると、検索結果の最上部にデカデカとGoogleの天気予報が表示される

この天気予報がひどい そんなカスみたいな予報をデカデカと表示できるなと感心してしまう

 

日本気象協会

日本気象協会1番アテになるからな」

親父の口癖であった 幼少期の人間にとって、親の言葉は何のフィルターも介さずに直接脳に届く 日本気象協会はアテになるんだと思って生きてきた

しかしこまめに天気予報をチェックするようになってからそれは間違いだと気付く

昔は高い精度だったのだろうか とにかく今の気象協会は本当にアテにならない

グーグルは他の分野にも手を広げてるからまだ援護ができるものの、天気予報をするしか能がない気象協会がまともに天気を予報できなくなったらもうどうしようもない

 

 

さて一体この2つのサイトは何が問題なのか

これは前述したモーニングバードと一致する

・抜け駆け

・過激

2つとなる

 

まず、1番信用できる天気予報は気象庁の天気予報だと思ってて、これは大きく外れることは滅多に無い気がする あと、信頼度という指標をACのアルファベットできちんと作ってて、この日正直よくわからんわって日はCを掲げて“自信ないです・・・”と明記してくれる かわいい

 

そして抜け駆けというのはこれと真逆の予報をすることである 気象庁をはじめとした様々なサイトが、まあこの日晴れるっしょ と予報しているときに、自信満々に恥ずかしげもなく雨予報をする

 

当たれば儲けものである だって外しても罰則もないし予報を見る側も咎めることはない 特に雨予報だったのに晴れとなると、心情的にはラッキーだと思ってしまって天気予報を外したサイトのことなどすっかり忘れ去ってしまう

 

そしてこれが当たれば、ほれ見たことか!と予報を見た人に自らの正しさを説き、こちら側も雨対策をして救われたとすっかり傾倒してしまう

 

インチキ預言者もこれと同じ仕組みで、とにかく数撃って当てれば儲けものなのである 天気予報ももはやそんな領域に達してしまったのか

 

そして、過激とは

とにかく 雨予報にすることである 特に週末

これもコロナ煽りと同じで、とにかく危険な側のメッセージを発し続けることで、目立てるし、そして“逃げ”になる

晴れ予報をしていて雨が降れば人々の恨みは買うが、雨予報で晴れてもおそらく恨みは大きくない

となれば、とにかく雨が降ると言い続ければいいのである さすがに1週間全て雨にはできないから、とりあえず土日だけでも雨にしておく

 

こうして煽れば、自身は安全なサイドにいることが可能となる 人々の批判を恐れすぎると組織はこうなってしまう

 

エピローグ

そんなわけでもう気象庁しか見なくなりました

もう気象庁以外の天気予報で一喜一憂するの やめませんか

天気予報をするサイドももう抜け駆けとかやめて、みんなで同じような予報しましょう

みんな同じに

 

同じに

 

 

 

 

そうして生まれるのが共産主義です