10/30(金) インフラケーキの喪失
華の金曜日 だなんて思うようになったのは転職してからで、前職では金曜日といえば電車内やホームに雑然と佇む嘔吐物や、駅員が止めるのを明らかに待っている、お互いが妙な距離を保って吠えあうだけのヘタレ南大阪人の喧嘩に関わらないといけない最&悪な日であった
でも今や華金だなんて日本語を使うことに違和感を覚えない
定時のチャイムが鳴り、颯爽と会社を抜け出す
もちろん業務は山積み でも翌月曜日に恨めし気に金曜日の自分を恨む自分は、今の自分と同人格を持つなんて、この瞬間だけは思えない
かつ週末に無残に死ぬ可能性もある
週末は外へ出歩く機会も増えるので、周囲の悪意の有無に関わらず暴発的に死ぬ可能性が高まる
金曜日に残業をして週末に死ぬなんてやりきれなさすぎる 駆け足で会社を脱出するに限る
今日は友人との飲み会が19時から入っている
定時に会社を抜ければ明らかに早く着くのに、「時間ギリギリになるかも!」なんてメッセージを送る
自分は友人が多いタイプではない
お互いにタメ口を使えるという条件を除いて先輩や後輩にはなんと1人も友達がいない 敬語の居心地の悪さが耐えきれない
そのような人間が導き出す結論として、よくぞ自分の友人は存在してくださった ということになるのは当然のように思える
そしてそれは友人そのものを超越し、友人を生かしておいてくれた環境への敬意につながる
友人を真っ当な道に歩ませた担任教諭や友人を轢きかけすんでのところでブレーキをきかせた腕利きドライバーにまでその範囲は及ぶが、直接的に友人をポンとこの世に排出したのは何物でもない 母親である
友人の母親の誕生日を祝す これは自分の人生を客観的に見つめたときに、当然導き出されるものではないだろうか
俺は友人の母親の誕生日ケーキを買うため、会社を早く出た
翌月曜日の自分もこの行為には抗弁できるはずがない
上本町にこの世で1番うまいチョコレートケーキがあるので、それを買って行くことに
営業時間は19時まで 上本町に着くのは18時過ぎなので十分に余裕がある
店の前に着く
店の中は明るい 中には店員の姿も見える
中に入ろうとする
しかし腰元に無慈悲な看板が突きつけられる
「営業時間… ~18:00」
??
どのサイトを見ても19時までと書いていた 店内を掃除する店員たちは情報の独占と保護に酔っているかのように愉しげな背中を揺らしていた
途方に暮れる
これだけを目当てにやってきた このケーキ以外にあげたいものなどない
まだ時間はあるのにほかのものを買うといった選択肢は一切存在しなかった
そして思う 贈り物としてのケーキはもはやインフラの域であると
贈り物は贈り物本体とともに「敬意」が届けられる
その敬意を受け止める土台として贈り物が存在するのであるが、ケーキというのは土台として盤石の地位を築いている
ここのケーキ以上の土台などもう見つからない 代替手段など存在しないのである 明石海峡を通行止めにしてはいけない
ケーキ屋は不意な営業時間の短縮など絶対にしてはいけないのである
といった一連の流れをきちんと友人に聞かせる もちろん手には何の包装紙もぶら下がっていない
土台を失った敬意が空中でプラプラと漂う
人々の知らないところで地球の危機を救っていた救世主は、その話をおおっぴろげにするだろうか
これを話すことが最高にダサく、また全てほら吹き話である可能性があった上で友人はこの話を受け入れてくれた
やはり友人の母親は大事にしようと思った
11月2日(月)パブロフ的打者の呪縛
仕事がアホほど溜まっている 金曜日の自分をブチ殺したい
せめてもの気分晴らし 昼休みは会社の目の前のバッティングセンターに
バッティングゲージに入ると、同時に隣の打席へ若い男が入ってきた
相手が打っている途中にこちらが打席に入る、またこちらが打っている最中に相手が打席に入ってくる、といった場合には全く相手のことは気にならない
ただ、同時に打席に入り、同時にスタートボタンを押すときに限り、無性に相手のバッティングが気になってしまうものである
今回も例に漏れず、嫌でも視線が隣の男をとらえてしまう
こちらの方が若干早くスタートし、こちらが1球目を打った直後に隣の男へと球が投じられた
投じられるはずであった
隣の男へと球を投じるピッチングマシンにはモニターが備え付けられ、細見の投手が振りかぶって投球動作をする
すんっ という空気が切り裂かれる音を響かせ モニターの投手は投げ終えた格好で男を睨む
球は来なかった
打ち気満々で上下に揺らしてあった男のヒザが一旦伸び上がる 首をかしげて立ち尽くしている
まあたまにこういうことは起こる うまいこと球がセットされていなかったりとか
等、おそらく楽観的で正当可能な理由が男の頭には浮かんでいるである
2球目 今後こそと意気込みバットを構える男を恥辱するかのように、ピッチングマシンの空回る音が鼻笑いのように響き、またもや隣の打席には虚無な空間が広がる
3球目 仏の顔も三度まで 今度俺を辱めたらわかってるだろうなといった凄みを持たせ、男がバットを構える
モニターの投手が高々と振りかぶる もうこの時点でボールを持っていないのがなぜか確信できる 右手をグーの形にしているのが見えた気がした
欺瞞に満ちた投球フォームで空気を送り出す 男はたまらず後ろの操作盤に行く
操作盤ではピッチングマシンから投げられる球の高低を調整することができる
そもそも自分に向かってくる球が存在しないのに操作盤に行ってどうするのだろうか
独身どころか彼女もいない男が赤ちゃん本舗に行くようなものである
この時点でもう男は錯乱していたのかもしれない
モニターの投手が投球フォームに入る
男は操作盤を放り出し慌てて打席へ向かい、バットを構える
嘲笑音 欺瞞 空虚
無力さを思い知らされた彼はまた操作盤へ向かう なんとか今の状況に対し能動的な支配ができないかとボタンを連打する 焦燥
投手が振りかぶる 男は駆け足で打席に向かう バットを構える ・・・
パブロフの犬はベルが鳴ればエサがもらえる幸運なイヌだろうか
いや、ベルが鳴ったときにエサを食べるようにしつけられただけの、家畜的性質すら持った可哀そうな生き物ではないだろうか
もはやベルが鳴らない時間に空腹すら感じることができないのかもしれない そこには他者に規定された不自由が存在する
この男は パブロフの犬ではないだろうか
どんな状況下にあっても、ピッチングマシンが投球動作を始めると無意識的に、本能的に、スタスタと打席へ向かい金属片を相手に向ける
普段、機械に対するヒトの態度はもちろん高圧的なものである
機械はヒトによって規定され、ヒトの掌握可能な範囲内に留まっていると思われている
パソコンやコピー機が固まれば「はよ動けこのボケ」と当然のごとく罵詈雑言を浴びせる
しかし本当に壊れてしまったときはどうだろうか 神にも祈る気持ちで機械に寄り添い、機械を失った無力な自分を卑下させる時間的隙間を発生させないよう、懸命に治療するのではないだろうか
ピッチングマシンも同じく、ヒトのストレス発散のためだけに存在し、少しコントロールをはずせばボロカスに罵声を浴びせられる
しかしこれがひとたび壊れると急激に引力を増す
とたんにヒトはマシンの支配下におかれ、マシンが規定する世界で生きることになるのである
いま隣の男は哀れにもピッチングマシン内世界で生きている
ピッチングマシンが動きを止めたとき、男は消え去ってしまうのではないかとさえ思える
そして俺のヒザはガクガクと震え、口からはヴィヴラートのごとき波打った息が吐き出される
目の前の寸劇が面白すぎてまともにバットが構えられないのである
この様子じゃまともに最後まで球が打てるとは思えないし、金を返せと言いたくなる
金をせびるとしたらバッティングセンターの店員だろうか、いや俺に球を投げ込むマシンは壊れていない
となれば隣の男だろうか 虚無に向かいバットを構え続ける男にまだ金銭を要求するような無慈悲なことができるはずがない
なぜなら感情を持ったヒトであるから ヒトである故に・・・
ああ隣の男を見てバットを構えられない俺もまた、機械に規定された存在なのだと気付く
残り球数は15球と表示されている
マシンがあと15回アームを振れば 俺はすんっと消えるのかもしれない
11月6日(金)レジ袋の悲劇
毎朝中崎町駅に着くと無意識にコンビニに行く
コーヒーを買わないと、いつも就業中眠くて仕方ないのである
あるとき、コーヒーによる眠気の撃退を繰り返すことにより逆にコーヒーと眠気の結び付けが強まりコーヒーによる眠気への条件付けがなされているに違いないと確信し、逆にコーヒーを飲むことをやめた時期があった
死ぬほど眠たかった コーヒーを飲もうと思った
だから今日も駅前のローソンに無意識に入り、コーヒーと昼飯のカップ麺とお菓子のハイチュウを購入する
会社にゴミを捨てるときは、なぜかビニール袋にくるんでから捨てるといった決まりがあり、いつも基本的に朝からコンビニで袋をもらい、そこにゴミをくるんで捨てている
いまレジの前には3人ほどが並んでいる
そのうち、俺のひとり前の中年男性の会計になる
男性はレジ袋を要求した
店員が袋に商品を詰めていく
袋に商品を詰めている、その最中に店員が男性に向かって言う
「レジ袋はどうされますか」
中年男性はなぜか落ち着いた様子で答える
「いらないす」
嫌な予感がした
もしかすると自分は主人公ではないのかもしれないと思う
バッティングセンター同様、今も完全に他者によって自分の行動が制約された
今日に限っては、赤の他人が俺の意思を代弁した「いらないす」 びっくりした
ここまでされると、自分が世界の中心にいるなんて考えは嫌でも取り払わなくてはいけなくなるのではないか
そんな心配を抱きながら会社へと向かう
俺の席の真向かいには、俺と向かい合うようにして上司の机が置かれており、上司と対面しながら仕事をするような形になっている
今その上司の椅子には、ヤクルトレディの制服をした中年女性が座っていた
ほっと息をつく よかった
自分の生きている世界は他人の手中ではなかった
あのときコンビニで何が起こったか
故意か事故か、店員は俺に聞くべきレジ袋の必要不必要を、俺の1つ前に並んでいた中年男性に問いかけてしまった
そして中年男性はその問いを引き受け、結論まで出してしまった
ここで ズレ が生じた
俺の「役割」を受け持ってしまった中年男性の「役割」は押し出され、弾き飛ばされ、それが誰かの肉体に入り込み、その肉体から弾き飛ばされた「役割」が・・・といったように、玉突き型に役割がズレてしまったのである
ここでズレたのが「人格」であれば、俺の前に座っているヤクルトレディはCADで精巧な施工図面を描き出すし、いつもの上長のように俺に的確な指示を与えてくれる
しかしそんな様子もなく、パソコンを前に座ったがいいが、何をしていいのかわからないといった顔をしている
やはり役割がズレたのだなと思う
ジョアではなくキャドしかないこの職場ではヤクルトレディとしての経歴を生かせそうにもない彼女だが、この会社に出勤し俺の上長としてその椅子に座る役割を与えられた以上、戸惑いながらも立ち上がることは許されない
そして俺が俺の役割を普段通りこなせているということは、俺の役割だけは変わっていないのだと思う
コンビニにて俺の役割を引き受けてしまった中年男性はおそらくどこかへ消えてしまったに違いない
ヤクルトレディが上長だと仕事にならないので、8時間無心で寿司打をしていると終業時間を迎える
家に帰ると、俺の実家の住所で暮らす役割を与えられた見知らぬ中年男女と年下の男2人が待っているのだろうか
役割がより抽象的であるのならば、そこにいるのは妹である可能性もある
その妹は俺の中のアニマが生んだ、神聖的な存在なのだろうか
そしてその名前は元の人格のものを引き継いでいるのか、坂本家にそもそも妹がいた場合の仮定上にて即席で作られた名前なのか
考えれば考えるほど気味が悪いので家に帰ろうとは思わない
今日は金曜日だが、残業をしようと思った